「天神ビッグバン」足元の魅力づくりを 九州大・藤原恵洋教授

 九州大大学院芸術工学研究院の藤原恵洋教授(建築史、都市計画、文化政策学)は福岡市で暮らしながら、世界80カ国以上を訪ねて都市のあり方を探究し、提言を重ねている。市の再開発促進事業「天神ビッグバン」が進む天神地区の現状と課題、展望を聞いた。(聞き手=吉田昭一郎)

事業支援都市への偏りはつまらない

 1970年代後半の九州大の学生時代、キャンパスのある六本松(中央区)と箱崎(東区)の間を、ゆっくり走る路面電車で約1時間かけて行き来した。途中下車し、街を歩くのが日常だった。

 大名地区などの「福岡部」は、東西に延びる江戸期の街並みが残り、西に沈む夕日の光が差し込んでくる。これに対し、「博多部」は豊臣秀吉が南北に延ばした家並みだから、夕焼けは見えにくい。夕方歩くと街の造りの違いが体感できた。

 忘れられないのは、福岡大渇水(78~79年)のつらい経験だ。それ以来、人口拡大を追求する都市化に批判的になった。水の確保は大丈夫か、街の適正規模はどの程度か、まずは考える。

 そんな時代を知る者には、ビッグバンで航空法の高さ制限を緩め、一時代前に世界主要都市で相次いで建てられたような高層ビルを福岡市にも建てることが、いま本当に必要なのか、と思う。

 日本は人口減少社会に入った。福岡市の人口もおいおい減り始める。旧来のように、もっと大きく、もっと高く、もっと速く、もっと強くと、右肩上がりの成長を目指すのは無理がある。一極集中投資で天神は繁栄するかもしれないが、市内全体ではどうなるか。大橋や香椎、西新といった副都心を生かし機能を分散した方がより魅力的な都市になる。パリのようなネットワーク型の都市を目指したらどうか。行政は総合的な都市計画づくりを主導するべきだ。

 市民にとっての再開発とは、というかんした視点は常に重要だ。そういう意味では、市民が天神で一番高いビルから街全体を鳥の目で見られるような空間があれば、都市づくりへの関心も高まるだろう。

 天神が大資本や大企業の事業支援をする、植民地的な未来都市に傾いていくとしたらつまらない。

「界隈性」が一番の売り

 新たな天神が誕生するのなら、いま何が求められるのか。巨大なビルが一つだけあったり、「福岡グロースネクスト」の創業支援の仕掛けが一つあったりするだけでは仕方ないだろう。

 例えばシンガポールは、高層ビル群が立つ中心部の河口沿いに、クラーク・キーという食事や芝居、サーカスなどを楽しむエリアを整えた。そこで働く人やクリエーターたちが空いた時間に訪れ、極めて有機的に連携し合っている。水辺には遊覧船が浮かび、ビル群を眺めながら食事ができる。これは賢いなと思った。米ニューヨークや英バーミンガム、ロンドンも同様のことをやっている。

 天神や大名地区ではどう足元の魅力を高めるか。多種多彩な国籍、人種、言語の人々が語り合い、互いを認め合い高め合って、ユニークなアイデアを次々生み出す。福岡にもそんなかいわいがなければいけない。大名地区は、その受け皿となる大チャンス。実現すれば、世界標準のビジネス都市と言える。

 大名地区は今、「界隈性」が一番の売りだと思う。人間がぎゅっと集まり、なりわいを営んだり、コミュニケーションしたり、いろいろなものが凝縮された空間だ。新たな出会いや、何か一緒に営むヒントを見いだしやすい。

 例えばスペインのマドリードや、トルコのイスタンブールの裏町は、もう歩けないくらい人が多くて、そこに行くだけでエネルギーをもらえる。帰国するといつも、日本の裏町ももっと盛り上がっていいのにな、と思う。

 博多祇園山笠や博多どんたくなどのように、街全体を使う祭りが天神にはない。祭りは街に磨きをかける。大名地区なら城下町の風情や、武家をしのばせるイベントを地域ぐるみでやれないか。夏はみんなが浴衣で歩くとか、街に差し込む夕日を見る会を開くとか、やってみてはどうか。必ず地域の魅力に通じていく。

都市化と同時進行する監視社会化

 いま重要なのは、私たちはどこから来て、今どこにいて、どこに行こうとしてるか、大きな歴史的文脈を捉えて多角的に見ていくことだ。

 哲学者のミシェル・フーコーは著書「監獄の誕生-監視と処罰」で、権力中枢が周りを全て監視し支配下に置く「パノプティコン(一望監視システム)」という概念で、都市化と同時進行する監視社会化の危うさに警鐘を鳴らした。常に監視されているという意識はさらに相互の活動を制御し、自粛社会すら生み出す。若い頃のその読書体験が、都市化に対する私の懐疑的見方の一つになっている。都市化にはそうした側面があることにも注意を向けておきたい。

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