校歌原稿推敲の跡発見 古関裕而氏の手紙も 詩人与田準一氏の記念館

西日本新聞 筑後版 立山 和久

 「ことりはとってもうたがすき…」の歌い出しで知られる童謡「小鳥のうた」を作詞した、福岡県みやま市瀬高町出身の児童文学者で詩人の与田準一氏(1905~97)を顕彰する記念館(市立図書館内)で、与田氏が福島県の磐梯(ばんだい)第一小の校歌を作詞した際の推敲(すいこう)跡が残る資料や、作曲を担当した福島市出身の作曲家古関裕而(こせきゆうじ)氏(1909~89)が与田氏に宛てた手紙などが見つかった。記念館は「与田氏の功績を知るうえで貴重」として、見つかった資料や手紙のほか、磐梯第一小の校歌や楽譜などを近く展示することにしている。

 記念館は2009年10月にオープン。与田氏の代表的な詩や著書、直筆の原稿や手紙、年譜、遺品などが展示されている。

 今回の資料や手紙は、吉開忠文館長やスタッフが遺品などを整理中に見つけた。記念館によると、与田氏は福島との交流が少ないことから、当時、懇意にしていた福島の児童文学者が磐梯第一小に与田氏を紹介したとみている。

 校歌は最初は3番まで制作していた。いずれも「会津磐梯」で始まっている。今回見つかった校歌の刷り物にも1~3番が掲載されているが、与田氏は「3番」の文字の上に「4番」と上書きし、余白に新たに3番の歌詞をつづっている。最初の1~3番の歌詞を手書きした原稿用紙も見つかり、いずれも何度も修正した跡があり、推敲の過程を知ることができるという。

 古関氏が与田氏に宛てた手紙は1959年1月10日の消印。校歌の作曲料2万5千円を受領したことへのお礼の手紙となっている。古関氏は「たしかに頂戴(ちょうだい)いたしました。厚く御礼申上げます。学校の方にもお礼状を差し上げました」と与田氏に丁重に礼を述べていることから、吉開館長は「小学校から校歌作りを頼まれた与田氏が、古関氏に作曲を依頼したのではないか」と分析している。

 記念館の調べで、与田氏が全国で30を超す小学校などの校歌を作詞していることも判明。吉開館長は「校歌作りに携わった経緯や創作手法などの研究を進め、業績を明らかにしていきたい」と話している。記念館(図書館兼用)=0944(64)1117。 (立山和久)

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