「そのままでいいの?」厳しい食環境の子ども “弁当の日”続ける意義

西日本新聞 くらし面 長谷川 彰

 来年4月に一般公開される記録映画「弁当の日」の製作過程を追いながら、登場する子どもや関係者を取材したルポルタージュが出版された。著者のノンフィクション作家城戸久枝さんは、「家庭料理が苦手」なわが身に照らしながら、子どもを台所に立たせることで、子どもだけでなく周りの大人も変わっていく可能性について考える。たどり着いた“幸せのヒント”とは何だろうか。

 「弁当の日」は、香川県の小中学校で校長を務めた竹下和男さんが2001年に始めた教育の試み。1年に数回、子どもが自分で自分の弁当を作って学校に持参する。

 献立、買い出し、調理、弁当箱詰め、片付けを自力でやり、親は決して手伝わない-が基本ルール。体験を通じ「生きる力」を育むことができる。それが竹下さんの信念だ。映画は、これに共感した元本紙記者の安武信吾さんが監督を務め、完成させた。

 安武さんと親交のあった城戸さんが、ルポの執筆を依頼されたのは2年半前。戦争体験者の取材を続けている城戸さんにとって、食育はなじみが薄いテーマ。当初は「いい取り組みだと思うけど、たぶんわが家で実践することはない」と思った。小学男児の母親だが料理は苦手。罪悪感交じりに「頑張らないと作れない“だめだめ母ちゃん”」を自認する。それでも好奇心に加え、子や夫、自分の将来に関わる大切なテーマだという直感で引き受けたという。

 描かれているのは「弁当の日」実施を巡り、学校や子ども、家族が試行錯誤する姿。

 弟たちのために料理もするが「教室の空気が無理…」と不登校がちな中学生ガクトくんのためらい。母親と気持ちがすれ違ってわだかまりを抱えたまま作った中学生りくさんの弁当。大学の自炊塾を受講しながら食事作りに四苦八苦する男子の胸中に宿っていた人知れぬ感情-。

 一方、家庭の不安定さから思春期につまずく子らを救うには食の力が大きいと考える助産師や、郷土色豊かな調理の体験を通じ自活力を育てたいと汗を流す行政マンら、取り組みの応援団も登場する。

 城戸さんが取材した現場は感動的な場面ばかりではない。気まずい空気も漂う。あえて、そこで感じた戸惑いを隠さず書き進めた。貫いたのは、この取り組みの意味が「分からない」側に寄り添うこと。安武さんは「分かる」側にいて、自分は「分からない」側。壁を感じながら一致点を探ろうとした。

   ◆    ◆

 実は10月7日付の当欄で映画の完成を紹介した際には、読者から批判的な声も寄せられた。元教師の男性は「経済的理由や家庭環境などで、弁当が作れない、食材を買えない家の子どもを排除するだけの取り組みだ」と指摘した。

 40年近く前の現役時代に毎週、「自分で弁当を作る日」を実践したという。やがて華美な弁当を競う場になり、子どもらに再提案して、おにぎりだけの日に切り替えたそうだ。近年見聞きした「弁当の日」の活動をとらえ「子どもの弁当を評価し、学級便りに掲載したり教室に写真を掲示したりする一方、排除されていく子どもを見落としていく」と懸念を示している。

 また、中学時代に「弁当の日」を体験した読者は「私は『弁当の日』は大っ嫌いだ」とメールを寄せた。

 「わが家の冷蔵庫には弁当にできる食材なんてない。米も野菜もない。パンはサンドイッチなどにしないとダメらしい。まともな弁当は作れない。仕方がないので忘れたことにした」「先生が全員の弁当を写真に撮る。キャラ弁を作った子がもてはやされ、すごく嫌な気分だった。担任の独身男性教師は弁当を作らず買ってきていた。買う金もない私は、許せないと思った」

 そんな声に答えるかのように、城戸さんは第1章で、複雑で厳しい境遇の子どもらについて「そのままでいいの?」と問題提起する。

 弁当を持ってこられない子は普段もきちんと食事ができていないと思う、という竹下さんの言葉を、こう記す。

 「その状況を改善するためにこそ、弁当の日をやったほうがいいんだと。そのままにしちゃいけないという大人たちの姿勢を、子どもたちに伝えるべきなんです」

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 「息子よ。これからも、罪悪感とうまくつき合いながら、お母ちゃん、がんばっていくね」とつづられた、この本の後書きには「罪悪感は幸せのスパイス」という題が付けられている。映画のサブタイトル「『めんどくさい』は幸せへの近道」に、ひと味加えるように。

 そう、台所仕事は、大人にとっても確かに面倒くさい。でも、子どもを台所に立たせてみるという「弁当の日」の取り組みから生み出されるものは、家族でただ食卓を囲むささやかな日常、特別な誰かのためではなく、みんなの日常につながっている-。城戸さんの実感だ。

 試写会に2度参加し、この本を読み終えて思う。

 映画を見てから読んでも、読んでから見てもいい。どちらか一方でもいいけれど、できることなら二つ併せると、「弁当の日」の意義を、誤解なく理解でき、印象深く感じ取れるはずだと。

 同書は文芸春秋刊。四六判、1320円。 (特別編集委員・長谷川彰)

 ▼城戸久枝(きど・ひさえ)さん 愛媛県松山市生まれ。「あの戦争から遠く離れて 私につながる歴史をたどる旅」で大宅壮一ノンフィクション賞。他に「祖国の選択-あの戦争の果て、日本と中国の狭間で」など。

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