きれい事では食べられん 26歳が聴いた仕事唄(10)

 炭鉱には、たまに採炭現場の見回りをする「小頭(こがしら)」がいた。小頭は部下に注意ばかりするのでうっとうしい存在だった。中には、夫を亡くし一人で働く女性などに「言うことを聞けば特別切羽(石炭がよく出る現場)に回してやるぞ」と肉体関係を迫る小頭がいた。

 偉そうなくせにスケベでしょうもない小頭を笑いものにしてやろうと、女性たちは本人の前で歌を歌った。

 ♪いっちょさせたら小頭めの奴が 特別切羽をやると言うた

 心情的には「あの小頭、いっちょさせたら特別切羽やるて言うたんばい。はっはっは! あーすっきり」みたいな? こういうのは後ろめたくて隠したいのが普通だと思っていた。衝撃的で頭がついていかん…。

 そもそも、いくらお金のためと言っても、ためらいはなかったのかなあ。小頭にいっちょさせてやれるか考えるために、私は頭の中で炭鉱労働者になった。

 おなかすいたな。子どもはどうしてるかな(いないけど)。とにかく石炭掘らんと。…分からない。想像では全く現実味がない。でもやっぱり私は「いっちょ」なんて言い放てない。

 記録作家の上野英信さんは著書「地の底の笑い話」に、この歌を教えてくれた女性の印象を書いている。

 「悲傷と同情のかげりこそ深けれ、軽侮の色はみじんもみあたらない」

 もし誰かがこれを歌ったら、私はぎょっとしてしまったと思う。でも現実を知っている女性たちは違う。決して白い目で見ない。採炭量は賃金に直結し、生きていくには切実な問題だったから。むしろ「生きるためならしょうがないよね」という雰囲気なのかな。

 炭鉱労働者は、きれい事だけではない、とても厳しい労働環境の中で近代化を支えたと知った。命むき出しの時代に生まれた仕事唄を聴いて、歌は彼らの嘆きであり、心をすっと軽くするものだったと思った。

 機械化して職場から歌が消え、無機質な空間だけど理不尽は減った今と、人力で命がけで働く中に歌があった時代。ふとどっちの方がいいのか考えた。どっちも、いい面とそうとも言えない面がある。両極端な見方ができるものではなく、比較自体ナンセンスかな。

 最後に。ネガティブすぎて、仕事中によく暗闇に落ちる私が仕事唄に触れて痛感したことを歌にしたい。

 ♪ぐずぐずせんで 書き続けるぞ こんぐらいでは 死にはせん ゴットン

 =おわり

(丸田みずほが担当しました)

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