「難しいと思うことでも…」英会話講師、剣術で培った諦めぬ精神

西日本新聞 くらし面 四宮 淳平

柳生新陰流 免許皆伝 マイケル・コンタスさん(52)に聞く

 自らの好奇心に従って訪れた日本に根付き、江戸時代から福岡黒田藩に伝わる剣術・柳生新陰流の免許皆伝を得た。「難しいと思うことでも、ネバーギブアップ」。英会話講師をしながら、稽古で何ごとにも諦めない精神を培ってきた。

 米国ユタ州の出身。ユタ大で学んでいた頃、留学していた日本人と出会う。話を聞くうちに日本の歴史や文化、そして武道に興味を抱き、22歳で広島県の友人宅にホームステイした。家族が栽培していたミカンの収穫を手伝い、関東や関西を旅して回った。

 いったん帰国した後、長崎県で英会話講師を3カ月してから、23歳の時に福岡市に転居する。講師派遣などを行う会社に勤めており、提示された勤務候補地の一つだった。ユタ州にはない海が近いことに魅力を感じた。

 ある日、バス停の広告にあった「剣術」の文字が目に入り、道場の門をたたく。

 それが福岡武道館(福岡市)などで稽古する、黒田藩ゆかりの「柳生新影流兵法柳心会」だった。日本の歴史を学ぶ中で知った黒田藩と柳生新陰流が結びついたことに驚いた。

 数回見学して見習いの門下生にしてもらうと、巻いたござを日本刀で切る技に急に挑むことになった。1回目、2回目は緊張で力が入って失敗。3回目は「周りに誰もいない状況」をイメージし、肩の力を抜いて刀を振り下ろすとスパッと切れた。

 通い始めた当初は基本的な日本語しか使えず、宗家師範に手取り足取り技を教えてもらった。「発声は腹から声を出して短く」「刀はもっと大きく振るって」。助言を受け、自宅でも毎日、木刀を握った。

 技を覚え、昇段審査に着実に合格。剣術を通じて人を斬る力を身に付けるよりも、心を鍛え、礼節を大切にするという宗家師範の教えを学んだ。自らも30代前半で師範となり、英国やドイツ、韓国など世界各国の門下生に指導した。

 「難しい日本語」にも徐々に慣れ、30代後半からは日常会話で日本語を積極的に使っている。何ごとも挑戦する気持ちを大切にし、50歳を前に免許皆伝にも到達した。ただ、柔術などほかの武術も取り入れてきた柳生新陰流では学ぶことがまだまだある。「自分を信じ、強い心でやっていきたい」

 (編集委員・四宮淳平)

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