障害あるわが子のため…始まりは母の決意 「野の花学園」創立60年

西日本新聞 くらし面 三宅 大介

 福岡都市圏で広く障害者支援施設を運営する社会福祉法人「野の花学園」(福岡市)が創立60周年を迎えた。障害者福祉の社会資源が乏しい時代に、知的障害のあるわが子のために母親たちが訓練施設を立ち上げたのが出発点。理事長の福田量(はかる)さん(89)は「障害者への理解はなお道半ば。支援を通じ、社会全体で支えていく意識の大切さを訴え続けたい」と語る。

 11月25日、同市西区の「第一野の花学園」。今夏に建て替えを終えた学舎の完工披露を兼ね、60周年記念碑の除幕式があった。「みんな みんな 野の花の友だちだ」-。記念碑には1970年に慈善団体から送られた「野の花の歌」の歌詞が刻まれ、施設や地域の関係者が節目を祝った。

始まりは母の決意

 学園によると、最初の訓練施設ができたのは59年。主体となったのは福岡市で初の特別支援学級を卒業した子どもの母親5人だった。進学先も働く場もなく、福岡県外の施設は遠すぎて子どもたちを手放せなかったため、自分たちの手で市内に学園をつくることを決意。せっけんや靴下、タオルの行商で資金を集めたという。

 母たちの姿はテレビのニュースで全国放映され、支援の輪が拡大。運営主体を組織化して65年、社会福祉法人に認可されて第一野の花学園が誕生、3年後には第二野の花学園を同県筑前町に開設した。

 当初は知的障害者の施設入所支援が中心。「施設から地域へ」の流れを受け、グループホーム(GH)や就労支援、通所、放課後等デイサービス、菓子製造など事業所は各地に広がる。

無関心や偏見今も

 眼科医である福田さんは地元財界から依頼を受けて2009年、4代目理事長に就任。同年、事務局長として着任した常務の喜久正和さん(73)と“二人三脚”で運営に携わる。

 ここ10年、歴史と実績から時には地域や保護者に請われる形で事業所を20カ所以上増やしたものの、立地に際して周囲の理解を得るのは簡単ではなかった。「近所に迷惑を掛けるのでは、と反対があり、計画倒れや延期した例」(喜久さん)もいくつかある。

 「当初は郊外などを選んでいた。今も気持ちよく受け入れてくれるような状況ではない」と福田さん。ただ介護や福祉の人材不足が指摘される中で障害者福祉を志す職員は増加傾向にあり「学校教育の中でボランティアや福祉の活動が行われるようになり、雰囲気が少しずつ変わってきている」ようにも映るという。

 各施設の周辺では、定期的な祭りや清掃活動などを通して地域交流を深めている。喜久さんは「障害のある人や家族が外に出ていく機会を増やせば、無関心や偏見がもっと減るのでは」と期待する。

公的補助の拡充を

 16年、相模原市の知的障害者施設で発生した殺傷事件は「やはり大きな衝撃」(福田さん)だった。事件を受け、施設の安全確保のあり方や、入所施設ではなく、もっとGHを増やすなど障害者が地域で自立して暮らせる環境を整えるべきでは、との議論が全国的に巻き起こった。

 「自由に過ごしてもらうため、部屋には60年間、鍵を掛けてきていないのが野の花のポリシー」(喜久さん)といい、入所者の安全は職員たちのきめ細かな目配りによって担保してきた。今回、新築した学舎は個室が中心で、部屋の前に共有の居間を設けるなど「家庭と変わりない環境」づくりも心掛けている。

 住み慣れた場所で暮らしたい人もいれば、施設に入らなければ生活が立ちゆかない家族もある。「一人一人のニーズに応えていくのが理想だが、実現にはまだ壁がある」と喜久さん。「とにかく、野の花につながれば誰もが幸せになれる、と言われるような支援を今後も心掛けていきたい」

 学舎の建て替えに際しては企業や個人に呼び掛け、約900人から寄付が集まった。福田さんはこれまでのたくさんの協力に感謝しつつ「運営をずっと続けていくため、事業所の『体力』を維持する難しさ」も痛感している。

 「障害者の支援には公的補助の拡充も欠かせない。そのためにも、社会全体の理解の広がりに期待しています」 (編集委員・三宅大介)

 ▼社会福祉法人・野の花学園 福岡市中央区天神に法人本部を置く。第一野の花学園(同市西区、入所定員60人)、第二野の花学園(福岡県筑前町、同70人)を中心に、生活介護や就労支援、自立訓練、グループホーム、放課後等デイサービスなどの事業所を同県大野城市、春日市、糸島市でも運営する。利用者は計約1100人。

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