相手の言葉の歩みに思いを 中井靖子さん

◆やさしい日本語

 近年、「やさしい日本語」が少しずつ日本の社会に広まってきている。漢字にふりがなの付いている短い文や、ひらがなだけのニュースを目にしたことのある方も多いのではないだろうか。例えば「身分証明書をご提示願います」を「身分証明書を見せてください」とする。文化庁の『在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン』によれば漢字にはできるだけふりがなを付け、言葉をやさしく書き換えるなどが運用のステップだという。

 やさしい日本語は、1995年の阪神大震災での外国人の被害状況を踏まえて考えられたとされる。災害発生時などに、端的で分かりやすい日本語で情報発信することは極めて重要である。社会的手続きや生活情報を、やさしい日本語で発信する地方公共団体も増えている。平易な文体で書かれた説明が増えれば、多くの人の理解を促すだろう。

 日本語教育を勉強し始めたころ、日ごろ使っている言葉をより分かりやすく「書き(言い)換える」という発想に初めて触れた。

 教員としてタイに住んでいたとき、街の人々は“普通の”タイ語で話しかけてきた。ネーティブではないと知るや、筆者のたどたどしいタイ語を汲(く)み、すくい取ってくれた。恥ずかしさはあったが、通じたときの喜びが勝っていた。

 私たちはアジアの人たちに対して、どのような態度で接しているだろうか。あるいはアフリカや欧米出身の人に、何となく日本語が分からなそうだから、英語で話しかけてしまうことはないだろうか。

 実生活で考えてみたい。「外国から来たのかな」と思える店員に応対してもらうとき。言語面で戸惑っていそうな人に出会ったとき。私たちはその人々のアクションをゆったりと待ちたい。こちらの言葉が簡単でなくても、相手の言葉を受け取ろうとする私たちの心の向きを顔や身ぶりで伝えたい。言葉を換えて終わりなのではない。この人たちがどのような言葉の歩み、学びを経てきたのかということに思いを致すと、お互いの言葉の風向きが変わるのではないか。

 多くの「日本語話者」にとって、ささやかながらもほっとするやりとりが、日常として積み重ねられていくことを同じ話者として願い、生活の中で実践していきたい。

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 中井 靖子(なかい・やすこ)文部科学省国立教育政策研究所職員 1989年生まれ。大阪大大学院修了。修士(日本語・日本文化)。ドイツ、タイで日本語教育に携わり、大阪大研究員を経て現職。

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