「幸せは近くに、今を生きて 」池田エライザ初監督の『夏、至るころ』

 旧産炭地・福岡県田川市を舞台に、将来を巡る高校生の迷いと焦りを描く青春映画「夏、至るころ」。初監督作として原案を書いたモデルで俳優の池田エライザ(24)=福岡市出身=は、全ての俳優たちのせりふに「言いたいことを落とし込んでいる」と作品への情熱を語った。

 10代を含め若者の死因のトップが自殺だという現代。池田は「無邪気に夢を描くことが難しくなってきている」「正体不明の焦りを感じる」と、その相貌を表現する。映画作りには「ささやかでも若者の手助けを」という思いで臨んだ。貫くテーマは「幸せとは何か」である。

 大学に行くか、どう生きるか。高校3年の夏、翔(倉悠貴)と同級生の泰我(石内呂依)の友人関係は、進路選択の違いを巡ってぎくしゃくする。そこに、20代だろうか、赤いワンピースにげたをはいた女性、都(さいとうなり)が現れ、2人の心を揺さぶる。

 都のワンピースとげたは池田の普段の姿だという。池田は都に自身のメッセージを託して、語らせているようだ。

 2人にいきなりギターを売りたいと相談し、高校に行かず続けてきた歌手をやめたと明かす。「逃げてきちゃったの」と。

 身辺や思うことを「息するように歌った」頃は幸せだった。だが、デビューのチャンスが来ると注文が付き始める。恋愛経験はないのに恋の歌を書く。「言われるがまま分からないこと歌って、ほめられて」。そんな日々を重ねた先で「歌も自分も嫌いになった」と言うのだ。「自分がどんどん透けて見えて、そんなことを思う自分もダサくて」、歌の世界から逃げてきたという。

 自分を偽っちゃだめ。自分の思いが大事よ-。都のせりふには、そんな池田の思いがのっているようだ。

 池田は言う。「世の中に対してふがいなさを感じたら、一度逃げてみる。一回その世界から離れてみて、時間をかけて、その傷を、古い傷をいとおしんで癒やすことができる。『逃げてもいいんだよ』っていうのは、みんなにも伝えたいこと」

思いを伝える 映画作りの面白さも感じ

 「幸せとは何か」と問う翔に対し、祖父(リリー・フランキー)が悠揚迫らず一言、投げる。

 「考えんで走れ」

 モデル、俳優、ギター弾き語り、司会、エッセー。そのせりふの裏には、マルチにチャレンジして活路を開く池田の思いが宿るに違いない。

 迷いの翔が教師(高良健吾)から夏休みに読めと渡された本の一つは、昭和初期の夭逝(ようせい)の詩人、立原道造の詩集だった。池田が読んでいて織り込んだ。

 映画では、田川市のシンボル、旧炭鉱の2本煙突が1本に重なる場所に立つと幸せになる、という話を聞き、翔がその場所を探して駆け回る場面で、その詩集の中の詩を読む祖父の朗読が重ねられる。

 〈夢みたものは ひとつの幸福/ねがつたものは ひとつの愛〉で始まる詩は、最後に〈それらはすべてここに ある と〉と結ぶ。

 幸せとは身近にあって気付かない、という人生の真実を、詩の朗読に託して伝える。まさに池田の「言いたいこと」だろう。

 「今を生きている人が、あまりに今を生きていない気がして…。今を生きてほしいな」という言い方で、池田はまた足元の幸せを問い掛ける。

 思いをうまく伝えることができる映画作りの面白さも感じていた。「世の中に対して、SNSで言っても伝わらない、時には曲解されてしまうような言葉を、他者(俳優)に委ねて語ってもらう。それが意外とよかったりした」 (吉田昭一郎)

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