退社するしか…深刻さ増す“カスハラ” 自分だけ標的、女性の苦悩

西日本新聞 くらし面 河野 賢治

カスタマーハラスメント報告 (上)

 客が理不尽な要求を店に突き付ける「カスタマーハラスメント」(カスハラ)が深刻になっている。暴言や脅し、セクハラ、暴力を伴い、新型コロナウイルス禍で悪質さは増しているといい、ストレスで精神疾患になる従業員も。「お客さま第一」「おもてなし」といった日本特有の消費文化が背景にあるようだが、現場で解決できる範囲を超えているとの指摘もある。

 福岡県内の女性(53)は総菜販売店に勤めていた一昨年、70歳前後の男性客に何度も苦情を言われた。

 「この前、料理にハエが入ってたぞ」。店は客自身が料理を器に取るセルフサービス。検品していることを理由に否定すると「他の店で賞味期限切れのものを買ったら、ちゃんと返金したぞ。ここはしないのか」

 10日に1回ほどだった来店が、週1~2回に増えた。「白身の魚はないのか」「ポテトサラダはないのか」。材料不足で欠品していると、「おまえのところは、いつも欲しいのがないな」。料理を器に取るよう命じられることもあった。

 店内は調理場が横にあり、売り場より少し高い位置にある。料理中に話しかけられ、調理場から対応すると、「上から目線か、態度が悪い」となじられた。

 口調は徐々に激しくなった。「言葉遣いが荒い」「店をつぶす」「本社に電話するぞ」。この女性だけを標的にしており、男性客が来ると奥に隠れた。

 ある夜。仕事を終えて帰宅していると、何者かに刃物で切り付けられた。手を10針近く縫うけがをした。

 警察に通報し、男性客のことを告げたが、容疑者は特定されていない。ただ翌日、自宅の近くで女性宅を遠目にうかがう、男性客に似た男の姿を見た。怖くなって、間もなく退社した。

 女性は言う。「店は謝ってばかりで、『あなたの言うことは変なクレームです』と自覚させなかった。お客さまという意識が強すぎたと思う。本社にも報告しておらず、おかしい」

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 カスハラは明確な定義がなく、悪質なクレームと同じとされる。流通・サービス業などの産業別労働組合「UAゼンセン」が2017年に実施した調査では、回答した組合員約5万人のうち、70・1%が悪質なクレームを受けていた。

 内容は、暴言や同じ要求の繰り返し、説教、威嚇のほか、セクハラや暴力、土下座の強要も。迷惑行為を受けた人の9割がストレスを感じ、精神疾患になった人もいた。結果を基に、国に対応を求めた。

 企業の危機管理を支援する「エス・ピー・ネットワーク」(東京)が19年に実施した調査でも、同様の結果が出た。苦情処理に当たったことがある会社員約千人のうち、約56%が「直近3年間でカスハラが増えた」と答えた。

 心身への負担も大きいようだ。カスハラの対応で「体調不良のリスクがある」と回答したのは約7割。このほか、約5割が休職リスク、約6割が退職リスクがあると答えている。

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 カスハラが増えたのは、古くからの顧客第一主義に加え、「おもてなし」の文化で求められるサービス水準が上がったことも背景にありそうだ。

 最近は威力業務妨害罪や強要罪など刑法に抵触する行為だけでなく、違法と言えるか微妙なグレーゾーンの行為が増え、対応が難しくなっているという。

 関西大の池内裕美教授は増えた要因に、客と店を取り巻く環境の変化を挙げる。この二十数年で消費者保護の法整備や行政機関の設置が進み、企業は産地偽装などの不祥事で不信にさらされた。インターネットの普及もあり、客が権利や苦情を主張しやすくなった。

 池内教授は「特に非正規労働者は、被害に遭っても『トラブルを起こす社員』として解雇されるのを恐れ、上司に言いにくい。カスハラは組織全体で対応する必要があり、労働者を孤立させない風通しの良さが求められる」と語る。

 カスハラは新型コロナウイルス禍で、より深刻になっている。UAゼンセンの今年7~9月の調査でも悪質な事例があった。 

(編集委員・河野賢治)

 【ワードBOX】カスタマーハラスメント対策
 厚生労働省は2021年度、カスハラに関する企業向けの対応マニュアルを作成する方針。カスハラの考え方や現場の対応のあり方を示し、被害者のケアも進めるよう呼び掛ける。今年6月に施行された女性活躍・ハラスメント規制法の指針は、雇用主にカスハラのマニュアル策定や研修の実施を求めているが、具体的な対応策を示すよう求める声が強かった。

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