風が紡ぐ「一瞬の色」をつかみたい パイプオルガニスト福冨由加里【動画あり】

シン・フクオカ人(14)

 一つのことに打ち込んだ先に、人には見えない景色が、見えてくることがある。

 パイプオルガン奏者の福冨由加里(40)には、音の色が見える。輝くような白だったり、深い青だったり。だけど、どうしても自分が出したい色にならないときがある。

 そんなときは、福岡県筑紫野市の自宅にある電子オルガンで、一つのフレーズを何カ月も練習してしまう。弾き過ぎて爪が割れ、鍵盤が血だらけになることもあるほどだ。

 パイプオルガンの原型は、紀元前のギリシャ時代にさかのぼる。鍵盤を押すと、「ふいご」という送風機からパイプに風が送られ、音が出る。一つのパイプからは一つの音しか出ない。だから大型のオルガンになると、パイプは数千~数万本にもなる。

 手鍵盤、足鍵盤(ペダル)の他に、音色を変える「ストップ」という装置もあり、演奏は複雑だ。しかも、設置場所ごとにオーダーメードで作られ、同じオルガンは一つもない。

 「世界に、その子しかいないんです」

 だから初めて演奏する場合は、リハーサルを何回も重ねる。ピアノとは違って、鍵盤から指を上げた途端に音が余韻なく止まってしまうため、そのタイミングを計るのが難しい。「その子」によってタイミングも違う。

    ◆    ◆

 幼い頃からピアノを習い、大人になったら音楽を仕事にしたいと思っていた。パイプオルガンに出合ったのは、福岡女学院高校(福岡市)の音楽科に通学していた時だった。授業で訪れた教会で、先生が弾いてみせてくれた。

 「とにかく音量に迫力があって、足のペダルさばきがかっこよかった」

 理由は単純だったが、これしかないと思えた。東京芸大でパイプオルガンを専攻し、首席で卒業。大学院に進んだ。

 眠る間も惜しんで練習する日々。その頃は、音を「触れる」感覚があった。自分が出したい音を究めようと必死になった。しかし、4年が過ぎたある日、ふと「自分が見たい世界は、これじゃないかも」と思ってしまう。心の糸が擦り切れたのだろうか。

 大学院を中退して福岡に戻り、26歳で結婚した。娘2人の子育てに追われ、すっかり音楽から遠ざかった。

    ◆    ◆

背中で観客の反応を感じながら演奏する福冨由加里さん

 6年前のある日、日本オルガニスト協会から演奏の依頼が来た。「この1回限り」と思って演奏した島根県のホールで、観客の拍手を浴びた。

 「背中がぞわっとして、一気に感覚がよみがえった」

 活動を再開し、今は西南学院大(福岡市)の礼拝時間に「チャペルアワーオルガニスト」も務める。ただ、今年は新型コロナウイルス禍でほとんど演奏できていない。

 そんな中、12月5日、同市中央区の教会で「福岡いのちの電話」が主催したチャリティーコンサートに出演した。約50人の前で、バッハの「プレリュードとフーガ イ短調」など8曲を演奏した。

 「音が降ってくる感覚を久しぶりに味わえました」

 パイプオルガンは日本では「風琴」と呼ばれる。演奏者にはパイプから出る風が吹きつけ、風圧で体が押される。その風たちが交じり合って音になり、色を感じる。でも、それはほんの一瞬だ。

 アンコールで披露したのは、松任谷由実の「かげりゆく部屋」。ずっとクラシックを演奏してきて、初めて挑んだポップスだった。切ないメロディーに荘厳さが加わり、世の平穏を願う人々の心を包み込むように、優しく響いた。

 「風がやむと、また次の風を見てみたいと思う。終わりがないんです」

 ポップスという新たな風を受け、まだ見たことのない世界への一歩を踏み出した。

 =文中敬称略(加茂川雅仁)

関連記事

福岡県の天気予報

PR

PR