亡き配偶者への思い、知人の消息…お年寄りに寄り添う「保健室」

 お年寄りの健康に関する相談などに耳を傾け、地域生活を支える「暮らしの保健室」が全国に広がっている。東京都新宿区で2011年にスタートした取り組みへの共感から同様の試みが増えており、活動拠点は全国約60カ所に上る。北九州市の活動事例などから、その果たす役割を考えた。

 テーブルに集まったお年寄りが身辺のことを語り合う。おれおれ詐欺に遭った苦い経験や亡くなった配偶者への思い、知人の消息…。深刻な内容もあるが、不安を笑い飛ばすかのように座は明るい。ここは「暮らしの保健室in若松 こみねこハウス」(北九州市若松区迫田町)。毎月第2日曜日に空き家を開放し、ご近所のお年寄りとボランティアの専門家が昼食を共にしたり体操したりしながら、悩みを一緒に考える空間だ。夫を亡くして1人で過ごす時間が多いという女性(76)は「家に居てもテレビに怒るぐらい。ここに来れば気が晴れる」と笑顔を見せた。

 代表の杉本みぎわさん(60)は東京・新宿の「暮らしの保健室」にスタッフとして携わった。「保健室」は白十字訪問看護ステーション(東京)を運営する秋山正子統括所長ががん患者や家族を支える英国の取り組みを知って「日本にも必要」と11年に開設。がん患者のみならず、住み慣れた地域で最期まで暮らしたい人を医療や福祉へつなぐ。

 「こみねこ」開設のきっかけは、テレビ報道で「保健室」の活動を知った女性が「亡くなった両親の実家を役立てたい」と申し出たことだ。坂のまちに立つ実家は、女性の母親が常々、荷物を抱えて坂を上る地元の高齢者の姿を見ながら「『ちょっと寄っていかんね』という場にしたい」と語っていたという。

 女性の申し出は、ちょうど夫の転勤に伴い九州に引っ越すことになった杉本さんにとっても渡りに船だった。女性の母親の思いを受け継ぎ、その名字と猫を飼っていたことにちなんで「こみねこハウス」と名付けた。協力者を募ると、訪問看護師や薬剤師、調理師、理学療法士、ケアマネジャーなど多様なボランティアが集結。運営は財団や行政の助成に加え、ご近所からの寄付で賄われる。

 活動は訪れる人自らの解決力を引き出すよう支えるのが基本だ。「住み慣れた地域で過ごし、地域もみとってくれるような関係を目指したい」(杉本さん)

 「こみねこ」では、こんな場面があった-。初めて訪れて明るく話していた女性が不意に打ち明けた。「昨日、乳がんと言われたの…」。すると同席していた2人が「私もよ」「大丈夫よ」と自らの乳がん体験を語った。女性は「勇気をもらって、不安が吹き消された」と話したという。専門家が相談に応じるだけでなく、患者同士が体験を語り癒やす「ピアカウンセリング」の場にもなったのだ。

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 「暮らしの保健室」には六つの機能がある。(1)暮らしや健康に関する「相談窓口」(2)在宅医療や病気予防についての「市民との学びの場」(3)受け入れられる「安心な居場所」(4)世代を超えてつながる「交流の場」(5)医療や介護・福祉の「連携の場」(6)地域ボランティアの「育成の場」-だ。 

 新宿の“本家”は、意欲のある人たちに現場を体験してもらい、六つの機能を提示してそれぞれできることを工夫すれば「暮らしの保健室」を名乗ることを認めている。特に求めているのは訪れる人と一緒に考え、行動する相談員を配置することだ。 

 北九州市小倉南区の徳力団地では9月、団地内で特別養護老人ホーム(特養)を運営する社会福祉法人「菅生会」が団地商店街の一室を改装して「保健室」を開所。高度経済成長期に子育てをした親世代を見守っている。そこは大学生のボランティア養成の場にもなっている。

 11月末、九州各地の「保健室」の担い手が集う「九州フォーラム」が開かれた。コロナ禍対策でオンライン会議となったが、北九州市や福岡市、大分県別府市、鹿児島県肝付町などの約40人が参加し、実践を報告した。各地の運営主体や取り組みは多彩で、必要に応じた活動が工夫されている。開設から10年目となる「保健室」の成長を踏まえ、秋山さんは語った。「始めて良かった。いい形で広がり利用されれば人々が最期まで住み続けていこうという地域になるでしょう」 (木下悟)

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