「漁師も農家も被害者」ある営農者の“転身” 諫早干拓・開門判決確定10年

 一角に立つ「開門調査反対」の看板は既に色あせ、一部は消えかけていた。

 国営諫早湾干拓事業(長崎県諫早市)でできた同市の中央干拓地。冷たい風が吹く農地の一角で、松尾公春さん(63)はダイコンの収穫を続けていた。

 「10年以上、お役所の紙芝居に付き合ってきたけど、もううんざりですよ」

 農業生産法人を立ち上げて入植したのは干拓地で営農が始まった2008年4月。約30ヘクタールでダイコンやブロッコリーを栽培する。

 近年、カモなどの野鳥による食害に悩まされている。堤防で湾を閉め切った調整池や周辺の干陸地には渡り鳥が多数飛来する。苗を霜から守るため畑一面に張るシートは穴だらけになり、野菜は食い荒らされる。県によると、カモによる県内の農作物被害は18年度で約3500万円。前年度の1・5倍近くになった。

 「個々に対策をしても無駄。役所は何も対応してこなかった」。18年、国や県を相手に損害賠償を求める訴訟を起こした。並行して求めているのは、潮受け堤防排水門の「開門」だ。

 1997年の堤防閉め切り後に顕在化した漁業不振の原因が事業にあるとして、有明海沿岸の漁業者は国に開門を求めて提訴。福岡高裁は2010年12月、国に開門を命じ、国は上告せず判決は確定した。一方、干拓地の営農者らは国に開門差し止めを求める訴訟を起こした。松尾さんも訴訟に加わり、「開門反対」の先頭に立つ一人だった。

 「開門派の漁業者」と「反対派の営農者」-。長年、対立構図で描かれてきた諫干問題。松尾さんの開門派への「転身」は、周囲には唐突にも映った。尋ねると、こう答えた。「農家と漁師がけんかしよるように語られてきたのが間違いなんよ。悪いのはそういう紙芝居をつくってきた行政。事業の一番の被害者が、漁師であり農家よ」

   ◇   ◇

 国に開門を命じた2010年12月6日の福岡高裁判決が確定し、21日で10年。裁判は続き、誰もが納得できる解決の道は見えない。一人の営農者の歩みから混迷の10年を振り返る。

 

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