ラーメン“発祥の地”は博多? 「水戸黄門が初めて」通説覆るか

西日本新聞 ふくおか都市圏版 日高 三朗

 ラーメンは博多から全国に広まった?-。南北朝時代、古刹(こさつ)・承天寺(じょうてんじ)(福岡市博多区)の住職も務めた僧が、中華麺の起源とされる経帯麺(けいたいめん)の味をたたえる漢詩を詠んでいたことが判明した。日本で初めてラーメンを食べたのは「黄門様」こと水戸光圀というのが定説だが、漢詩が詠まれたのはそれより300年以上前のこと。研究者は、この僧が当時博多で食べた可能性が高いとみる。解明が進めば、「うどん発祥の地」とされる博多が、中華麺の国内発祥地としても有力視されるかもしれない。

 中華麺は小麦粉にかん水を混ぜてこしを出した麺。これまでは、江戸時代の僧侶の日記を根拠に、水戸光圀が1697年に食べたのが最古とされてきた。

 ところが2017年、民間の研究家と新横浜ラーメン博物館(横浜市)が、室町時代の京都の僧が残した日記(1488年)に、中国のレシピを基に経帯麺を作り、振る舞ったとの記述があるのを発見した。

 このニュースに接した明星大(東京)の芳澤元(はじめ)准教授(38)=日本中世史=が、漢詩集「松山集(しょうざんしゅう)」(南北朝時代)に経帯麺と題する七言絶句の詩を見つけた。

 詩集の作者は後醍醐天皇の皇子で京都の禅僧龍泉令淬(りょうせんりょうずい)(?~1365)。詩は第2、3句で「看佗平展也奇哉(平たく伸ばされるのを見よ、見事なものだ)」「五千餘巻枯腸裡(五千余巻の大蔵経を結える量に切ったらすきっ腹の中へ)」とうたう。芳澤准教授は立派な麺をごちそうになった返礼と解釈し、17年に研究論文を発表した。

 九州大の伊藤幸司教授(50)=日本中世史=は、龍泉令淬が1360年から数年、承天寺住職を務めた史実に着目。「京で食べられる物であれば詩まで作らない。博多で初めて食べた感激から作ったのでは」と、中華麺の国内発祥地に博多を推す。

 同寺は開祖が中国から製粉技術を持ち帰り、うどん、そばの発祥地とされる。芳澤准教授も「製粉技術が伝わり、小麦の生産が増えた鎌倉後半には麺、まんじゅうなどの小麦文化が定着する条件が整っている。承天寺で食べた可能性は高い」とみる。

(日高三朗)

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