死後11年たっても祈りささげる人々…故盧武鉉元大統領の生家訪ねた

釜山でモハノ(何してるの)?

 めっきり寒くなった11月末、故盧武鉉(ノムヒョン)元大統領の生家があり、盧氏が自死を遂げた場所でもある慶尚南道金海市のボンハ村を訪れた。釜山市から片道2時間半。3度目の乗り換えで村に向かうバスに乗ると、運転手の男性が「いらっしゃい」と笑顔を見せた。車内は大衆歌謡トロットが流れ、強めの方言で談笑するおばあさんの声が響く。人間くささに魅力を感じていた故人の生家に向かうのにふさわしい雰囲気を感じた。

 死後11年たつが、バスを降りて碑石に向かう路上では献花用の白菊が売られ、新型コロナウイルス禍でも祈りをささげる人々が少なくなかった。「大統領盧武鉉」とだけ書かれた碑石の周りの地面は1万5千人の追悼メッセージが囲む。「大統領、愛しています」という文字とともに、目に付いたのは「サラム サヌン セサン」(人が生きる世界)という文言。故人が好んで使っていた言葉だ。

 貧しい家庭で育った盧氏は大学に行けず、高校卒業後、独学で司法試験に合格した。人権弁護士として活動していた1988年、国会議員選挙への初出馬を決意するが、周囲は猛反対。悩み着いた末に作ったチラシには、独裁政権時代に手足の爪を拷問ではがされ、おびえきった状態で発見された大学生の姿を見た経験をつづった。「これが人の生きる世界なのか。貧しく非力な人々が人間として扱われ、暮らせる世界をつくりたい」と政界入りを訴えたという。

 私は「サラム サヌン セサン」という言葉が好きだ。多くのパワフルな人々によってダイナミックに変化する韓国を的確に示す表現だと感じる。社会的に弱い立場の人も普通に暮らせる社会をつくることは、国家体制や進歩・保守の思想を超え、政治が実現すべきだと強く思う。

 盧氏は不正資金疑惑で検察の聴取を受け、自死を選んだ。日本への強硬姿勢で記憶している人も多いと思う。しかし、誰でも容易に安定した生活を失いうる「ウィズコロナ」時代の今こそ、弱者に寄り添おうとした盧氏の生涯と思想は、見直されていいのではないか。 (金田達依)

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