たかが砂、されど砂

 人の世のはかなさや自身の満たされぬ心を「砂」に例えたのは石川啄木。明治晩期に異彩を放ち、26歳の若さで逝った彼の第1歌集「一握の砂」は現代でも版を重ねている

▼小説や詩を志しながら期待した評価は得られなかった。多額の借金を抱え、職や居を転々とした。そんな啄木の挫折感は作品に深く投影されている。<いのちなき砂のかなしさよ/さらさらと/握れば指のあひだより落つ>

▼こちらは使命を見事に果たした。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の探査機「はやぶさ2」。52億キロの旅を経て地球に帰還させたカプセルの中に小惑星「りゅうぐう」で採取した砂粒が“どっさり”入っていた

▼量は約5・4グラム。一握りにも満たぬが、想定の0・1グラムを大きく上回った。宇宙の成り立ちや生命の起源の解明につながるとの期待も膨らむ。たかが砂、されど砂-と形容すべきか

▼<ふるさとの山に向ひて/言ふことなし/ふるさとの山はありがたきかな>。岩手県の山村で生まれ育った啄木は故郷への思慕を断ち切れなかった。コロナ禍で帰省もままならない今年の列島。故にこの一首にも改めて心を引かれる

▼「一握の砂」が発表されたのは1910年12月。それから110年後の今月、はやぶさ2が地球に「玉手箱」を届け、再び宇宙探査の旅に出た。人の営みの過去と現在と未来は不思議につながっている。そんな感慨も覚える年の瀬である。

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