「働きづめの母」胸に…俳優魂を磨く劇団員 東沙耶香

シン・フクオカ人(15)

 試練が与えられるのは、それを乗り越えた時の喜びが大きいからなのかもしれない。

 福岡市に拠点を置く「劇団ショーマンシップ」の俳優、ひがし(31)はこのところ出演作品が相次ぎ、多忙な日々を送っている。

 9~10月は、福岡市内外で上演された「PEACE HILL てんと呼ばれた男 岡部平太物語」。11~12月は、「ノートルダム物語」(原作=ビクトル・ユーゴー)で中国地方へ。2021年も春までに客演を含めて5作品が決まっている。

 「ありがたいことだけど、ちゃんとやらないと次は声が掛からない。プレッシャーですね」

 「PEACE HILL」は、日本スポーツの先駆者で福岡県糸島市出身の岡部平太が主人公。東は、戦前の満州(中国東北部)で日中の架け橋になろうと奮闘する岡部を支える、「佐倉」という人物を演じている。原作では男だったが、持ち前のパワーと熱量を買われ、起用された。

 満州事変の発端となる鉄道爆破を告げるシーンでは、劇場に響き渡る太い声を発し、時代の暗転を強く印象付ける。中国人の親友に裏切られた岡部が関東軍に連行される場面でも、観客に絶体絶命の危機感を伝える重要な役どころだ。

 20代は娘役が多かった。ノートルダム物語では、男として育てられた女という難役を与えられ「どうして自分が?」と驚いた。そんなときは「役者は物語を生きていくんだ」という、座長の仲谷一志(55)の言葉を思い起こし、役に魂を込める。

岡部平太を支える「佐倉」を演じる東沙耶香さん

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 長崎市で生まれ、母の手ひとつで育てられた。小学校からジャズダンスを始め、中学時代はバスケットボール、高校時代はテニス。「ずっと体育会系」だったが、アニメが好きで声優を目指そうと一念発起、福岡市の専門学校に進学した。

 昼も夜も働きづめの母に迷惑を掛けたくないと、学費の支援が受けられる新聞奨学生として2年間を過ごした。寮に住み込んで深夜2時に起き、朝刊への広告折り込み作業や配達、そして学校を終えた午後は夕刊配達が待っていた。

 きつくて寮生のほとんどが途中でやめていく中、最後までやり通した。

 「母の後ろ姿を見て育ったから、働くのは当たり前だと思って。根性だけはありました」

 その根性を見込まれてか、専門学校の担任だった劇団ショーマンシップの俳優から誘いを受けた。授業で演劇を学んで楽しかったことや、声優ではなかなか生活していけない現実を知り、卒業すると劇団員になった。

 それから劇団の事務員と俳優を兼ねて10年間。昨年からは俳優に専念している。

 「物語を生きる」には、多くの試練が与えられる。大道芸人の役なら、完璧に空中こま回しができなくてはならない。パントマイムで楽器を弾くシーンがあれば、弾き方を知らなくてはならない。生の舞台では、やり直しはきかないからだ。

 「今では大道芸が特技だし、楽器に慣れるためにギターも買いました。試練だけど、役から自分がもらうことも多いと分かった」

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 10年たっても、俳優という仕事には不安感しかない。それは、自分の演技を認めてほしいという願いの裏返しだ。認めてほしいけれど、稽古では駄目出しされたい。何も言われないと、成長しない気がして、不安でしょうがない。

 カーテンコールの瞬間、拍手を浴びると最高に幸せな気分を味わう。でも、観客からのアンケートは気になる。

 「誰の名前が書かれているか、ですね」

 そんなことを何度も繰り返してきて、最近感じるのは「人とのつながり」の大切さだ。劇団に入ったのも、役を与えられ成長できるのも、人あってこそ。自分のことを話すのは苦手だったが、自分を知ってもらえている方が楽になることにも気づいた。そうして積み上げてきた「つながり」が、また仕事に返ってくる。

 今の課題は、次の役だ。劇中で鳥になるのだが、せりふを言った途端、演出家から「声が太いな。少女のイメージで」と指導された。「佐倉」役では好評で、自信を持っていた声なのに、この試練をどう乗り越えたらいいのだろうか。

 答えはまだ分からないが、その先にはきっと新しい自分が待っていると信じている。

 =文中敬称略(加茂川雅仁)

 ◆「PEACE HILL 天狗と呼ばれた男 岡部平太物語」は12月26、27日に糸島市の伊都文化会館で再演される。入場無料(整理券が必要)。詳しくは劇団ショーマンシップ=092(716)3175。

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