熊本の球磨川「ゆっくり流す」へ転換を 九州大院の教授が提言

西日本新聞 くらし面 長谷川 彰

 7月豪雨で大災害に遭った熊本県の球磨川で、「流域治水」の取り組みが始まろうとしている。大きな河川で本格的に試みる初のケースと言える。13日には「矢部川をつなぐ会」が福岡県柳川市で開いたセミナーで、九州大大学院の島谷幸宏教授(河川工学)が「治水行政の画期的な転換点になる可能性がある」などと提言した。発言要旨を紹介する。

 球磨川では、これまでダムによる治水か、ダムによらない治水かが議論されてきたが、川に集まってきた水をハード対策で処理する観点は同じだった。

 流域治水の考え方は、それとは異なる。方法論は大きく二つ。川に集まってくる水の量を流域全体でコントロールしてなるべく減らそうというハード面と、安全な住み方を流域全体で工夫して被害を防ごうというソフト面の取り組みだ。ただ、その具体策は、まだ確立されていない。

 気候変動によって豪雨災害が頻発している。一方で国土の開発によって洪水の流量が増大したという現実もある。雨が降ると、田んぼでも道路でも水路でも、流れる水が昔に比べてあっという間に集まるようになった。営々と水田や河川、道路の側溝などの整備を重ねてきて、すべての場所で水が早く効率的に流れるようにしてきたからだ。今までその影響は見えにくかったのが、気候変動をきっかけに明らかになってきたということだろう。

 今回の球磨川の場合、人吉盆地上流域にある支流の中小河川は、本流のそば以外ではあふれていない。支流の整備が進んで流れやすくなったため、水が集中した本流やその近くが氾濫する結果となったようだ。流域全体に同時に雨が降り、支流の流量のピークがずれることなく本流に負担をかけたと考えられる。

 雨水が支流から本流に集まってくる前の段階で、水を貯留したり地下に浸透させたりすることで、流入量を減らしたり流入を遅らせたりすることが大切だ。要は「速く流す治水」から「ゆっくり流す治水」への転換だ。これを基本に、熊本県の蒲島郁夫知事にも治水提言を行った。

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 本流、支流、農地、山地、都市部で、それぞれどう対策を進めるのか。

 農地では「田んぼダム」が有望だ。水田の排水口を絞って排水量を調節して水をためる。新潟県で取り組まれ、低コストで効果が高いことが実証されている。100年に一度程度の雨でも70%の流出抑制効果があるとされる。

 雨が長く降り続いた場合の効果は未知数のようだが、洪水をならしたり、遅らせたりする効果は期待できる。新潟では農家には経済的、人的負担はかけないやり方で実施されている。行政が補助金を使って本気でやるとなれば、数年で行き渡るのではないか。

 支流の対策では、遊水空間を確保したり、多自然型に環境を再生して水をゆっくり流したりするのが基本。できるだけ上流部で、川幅を狭めるような、「もたせ構造」の堰(せき)を設ける方法がある。大雨の時は上流側に水をあふれさせるというシンプルな構造だが、一つ造るとピーク流量を1割減らせるとされ、洪水に至るまでの時間も稼げる。

 都市部では、私たちが福岡市の樋井川流域で試みた「雨庭(あめにわ)」づくりが有効だ。住宅地に降った雨を一時的に蓄えたり地下へ浸透させたりできる庭を増やす取り組みだ。

 都市では、庭の水も道路の水も公園の水も、すべて地下の下水道に導かれ、川に排出される構造になっている。その下水道に入る水を減らしたり、タイミングを遅らせたりするのが狙いだ。雨庭や道路の透水性舗装などはグリーンインフラと呼ばれ、東京都内で先進事例がある。杉並区を対象に九州豪雨の際に福岡県朝倉市に降った雨量を当てはめてシミュレーションしたところ、マンホールからの水の逆流は、ほとんど起きないとの結果が示された。

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 山地での対策は、森林の転換がポイントだろう。海外の研究では、針葉樹の山を広葉樹との混交林に変えると、保水力が上がり河川のピーク流量を3割近く低減できるとの試算もある。

 とはいえ日本では、自然界の水の循環を研究する水文学(すいもんがく)はかなり進化しているものの、森林の働きと河川の流量とをリンクさせて考察する段階までは至っていない。山地の面積は広大なだけに、効果を証明できれば治水への寄与は大きい。今後の課題だ。

 もう一つ難しいのは、本流の対策。堤防が整備されて川底も深くなっており、流れが速くなっている。むしろ川幅を広げるなどして、ゆったりと流す方が望ましいが、容易ではない。

 ダムについては、知事が川辺川への穴あきダム導入に言及しており、その決断は尊重すべきだ。ただし、流域治水を言うのであれば、流域で取り得るさまざまな対策を積み上げて流量がどれだけ減らせるかを確かめ、その上で必要性を判断するのが本来の筋道だろう。

 国が流域治水に踏み込んだということは、ある意味で治水は河川部局単独の手を離れた形となる。流域に大がかりなコンクリート構造物をどんどん造っていくようなやり方ではなく、都市部の暮らし、農業や林業などの営みと治水が一体化していくような小規模、分散、循環型のインフラ投資に転換していくことが大切だ。その点で、球磨川に限らず流域治水は、地域全体の合意形成が何より重要だ。 (特別編集委員・長谷川彰)

▼島谷幸宏(しまたに・ゆきひろ) 九州大大学院工学研究科から建設省(現国土交通省)入省。河川環境室長、九州地方整備局武雄工事事務所長(当時)などを経て現職。専門は河川工学、河川環境、小水力発電

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