「映画は人生の教師です」井筒和幸監督、8年ぶり新作でヤクザ描く

 映画「パッチギ!」などで知られる井筒和幸監督(68)による8年ぶりの新作「無頼」が、KBCシネマ(福岡市)などで公開されています。ヤクザの主人公を通じて、半世紀にわたる戦後日本社会を描いた大作です。福岡を訪れた井筒監督に、アウトローを描き続ける思いや、次回作について聞きました。

 -今、なぜヤクザ映画を企画したのでしょうか。

 ★井筒 昔はたくさんあったヤクザ映画というジャンルの灯が、消えかかってます。暴力団をあおる映画は撮れない。灯を消したくない、って自分で作っちゃった。僕は「仁義なき戦い」や「ゴッドファーザー」で育った人間。反面教師としてもいろいろ学びましたよ。仁義は通さなければとか、でたらめをやったら殺されるとか。まあ、映画はおしなべて人生の教師ですが、特にヤクザ映画は血湧き肉躍るわけで、その思いがずっとありました。

 -今回の映画「無頼」はヤクザを賛美するのでなく、戦後社会の人間模様を描いていますね。

 ★井筒 昭和史の証言だと思うんです。ヤクザは社会からはみ出しているけれど、社会が内包していて、欲望の資本主義がある限りヤクザは生まれますよね。ヤクザを通じて下層社会が見えてくるんじゃないかと。

 -かなり取材したそうですね。

 ★井筒 ヤクザは無鉄砲じゃなく、計算ずくですね。そしてハングリーで、他の選択肢がない中でヤクザ社会に身を投じたので、食うために何でもする。それは食事シーンで描きました。

 -約半世紀にわたる歴史を追い掛けています。

 ★井筒 表の歴史ではなく、裏面史をやりたかった。50年くらい時代を追ったらどうなるかな、と。これまでやったことがなかった。ヤクザに焦点を当て、何を思い、どうカタギになったか、人生史を見たかった。時代ごとに、世相や事件を重ね合わせました。

 -最初はモノクロの場面から始まり、次第に色が付きます。

 ★井筒 10段階あるんですよ。高度経済成長とともに日本が色づく、と考えて。1956年に「もはや戦後ではない」(経済白書)と言われたけど、みんな貧乏だった。主人公が一家を初めて構えるのが71年で、その頃で色をほぼ100%にしました。撮影中、ここはちょっとモノトーンだな、とか意識していました。

 -劇中映画も登場します。

 ★井筒 「北陸代理戦争」へのオマージュです。松方弘樹さんが大好きで、何とかストーリーに入れたかった。似たようなせりふに変えています。劇中の映画は、助監督が作ってくれました。

 -自動車も次々に出てきます。

 ★井筒 車で時代を描きました。集めるのに苦労しました。(当時の車種の)コロナは、タクシーが網走刑務所(北海道)に乗り付けるシーンで出てきます。自動車は日本の基幹産業で、特にあの頃はどんどん新しい車種が出て、時代を表すのにぴったりでした。それと外国車もヤクザの象徴。大きな“アメ車”。そういう文化だった。今の人は知らないよね。

 -衣装も工夫しています。

 ★井筒 ヤクザは衣装も派手。黒ずくめの怖いお兄さんというイメージは、劇画や映画がつくった“うそ”です。ヤクザは目立ちたいんですよ。だから派手な服とかエナメルの靴とかを身に着ける。若い役者は楽しんでましたよ。それが現場の面白さでした。

 -改めて、この映画をどう見てもらいたいですか。

 ★井筒 僕らの前後の大人は記憶があるので、タイムスリップしてほしい。ギラギラしてたねとか、あの頃は何してたっけとか。若者には、野望を持ってほしい。欲がなくなってきたね。かわいそうですよ。この30年間は沈滞したまま。自分のオリジナリティーを発揮して、意欲を持て、と。僕自身も映画を撮りながら、僕の欲望って何だろうな、って考えましたね。

 -ところで、福岡県筑豊地区での次回作の構想もあるそうですね。

 ★井筒 90年代初めの筑豊の、やんちゃな話です。懐かしの暴走族の青春グラフィティをやりたいな、と。新型コロナウイルスの影響で中断してますが、田川や直方にはシナリオハンティングで頻繁に来てたんです。いろんなところにあいさつ回りして。すごくウエルカムで「川筋者の心意気を見せてくださいよ」って言われて。アウトローの物語というのは次回も変わりません。

 (文・根井輝雄、写真・軸丸雅訓)

 ▼いづつ・かずゆき 1952年生まれ、奈良県出身。高校在学中から映画製作を開始。81年に「ガキ帝国」で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。「二代目はクリスチャン」(85年)「ゲロッパ!GET UP!」(2003年)「パッチギ!」(05年公開)などの作品を監督。テレビのコメンテーターや映画評論などでも活躍。

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