地域史や自然に愛着「小郡のアンデルセン」童話作家・田熊正子さん逝く

 「小郡のアンデルセン」と呼ばれ、親しまれた同市在住の童話作家田熊正子さんが10月24日、85歳で亡くなった。地域の歴史や自然に深い愛着を持ち、古老に取材して昔話を発掘しては絵本を制作。正確な筑後弁の伝承にもこだわった。市図書館は追悼コーナーを設けており、約20作品を読むことができる。

 「あのくさい、昔、花立山ん下に人ん言うこつも親ん言うこつも、いっちょん聞かんじゅうげもんが、おっ母さんと2人で暮らしよったげな」。亡くなる1週間前に完成した紙芝居の「天(あま)の邪鬼(じゃく)」は、山に行くと言っては宝満川に行き、川に行くと言っては花立山に行くようなひねくれ者の息子が、母の死後に後悔してカエルになってしまう話。ロータリークラブ退職者でつくる小郡プロバスクラブの協力で方言にもこだわっている。

 母親の継子いじめが不幸を呼ぶ「椎(しい)の実伝説」や、宿場町だった同市松崎を舞台に子どもたちの労働の苦労を描いた「油屋の娘」もある。太平洋戦争末期の大刀洗空襲で犠牲になった立石小学校の児童をモデルにした「ぼくの村は戦場だった」など、戦争の記憶継承にも力を入れた。小郡市郷土史研究会の森幸治郎会長(74)は、「よく取材して昔話を掘り起こしてくれた。地域史を参考にイメージを膨らませて創作した作品も豊かなものだ」と話す。

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 福岡市生まれの田熊さんは20代から童話を書き始めた。初期の作品は、育児の日常を題材に、2人の娘がたびたび登場する。小郡市には1970年から居住。聖マリア病院(久留米市)の小児科外来で看護師として働きながら執筆を続けた。近年は2年に一度のペースで絵本を自費出版していた。

 娘をテーマにした童話制作は、地元の昔話へと広がりを見せ、小郡のまちづくりや国際貢献など幅広い活動にも取り組んだ。次女の陽子さんがアイルランドで暮らしていることから、外国人に住みやすい街づくりを目指す「市国際化プラン策定委員会」の会長を務めた。NPO法人「松崎歴史文化遺産保存会」の会長も務め、旧薩摩街道の旅籠(はたご)の保存などにも尽力した。

 保存会で一緒に活動し、田熊さんを「第二の母」と慕う黒岩勝正さん(72)は「田熊さんは家族を愛し、長年住んだ小郡の地域活動や文化の保存に熱心だった。田熊さんの家族愛に基づく郷土愛は、著作で地域に生き続ける」としのんだ。 (内田完爾)

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