「少しでも心穏やかに」本堂再建 熊本豪雨で被災した僧侶

 歴史を感じる古い柱と真新しい建具が交じる八角形の建屋。熊本県人吉市で「お大師さん」と親しまれる高野寺の本堂は、今月中旬に再建されたばかり。住職の味岡戒孝(かいこう)さん(47)が訪れた人に声を掛けた。「ようお参りだんだんな(よくお参りに来なさった)」

 7月上旬、熊本県南部を襲った豪雨。氾濫した球磨川の水は、川から100メートルほどの場所にある寺と自宅をのみ込んだ。自身と妻、子ども2人は難を逃れたが、本堂と母屋は屋根まで浸水。本尊は破壊され、大切な仏具も流された。水が引いた後、がれきや泥に埋まる本堂と自宅を見て「まさか自分が被災者になるとは」とがくぜんとした。

 「人に寄り添うのが僧侶」という思いから、被災地支援をライフワークとしてきた。2017年の九州豪雨では福岡県朝倉市に、18年の西日本豪雨では広島に駆け付け、炊き出しや片付けに当たった。

 自身が被災した後、会員制交流サイト(SNS)で周辺の被害状況を発信すると、旧知のボランティア団体や企業から服や食料が届いた。その物資や、炊き出しで提供される焼きそば、カレーを軽トラックに積み、支援が行き届かない山間地で配った。頼まれれば女性用下着やスコップも届けた。自らも被災者になり「今何が必要か」をより真剣に考えるようになった。

 コロナ禍の復旧作業はもどかしかった。すぐにでも駆け付けたい多くのボランティアの思いを、移動制限が阻んだ。人手が足りないのに、行政が現場のニーズを把握しているのかも疑問だった。そのうち報道も減り、世間の関心さえ失われていくように感じた。9月中旬、自身のSNSでこう投げかけた。「もう災害は終わったのでしょうか?」

 豪雨から間もなく半年。遅いペースながら復旧は進み、仮設住宅への入居も完了間近。ただ、住み慣れた家を解体するか改修するか、選択に悩む人たちも多く、元の生活を取り戻せる日は、まだ見えない。体感として、復興の進捗(しんちょく)度は2~3割にすぎないと感じる。

 目標の一つだった年内の本堂再建は実現した。これから必要なのは、被災で心に傷を負った人々のケアだと思う。交流拠点となってきた寺では、折に触れて支援者と炊き出しをして、地域の人々の声に耳を傾けてきた。「私に話すことで、少しでも心が穏やかになれば」。本堂は、そんな場であり続けたい。

 年の瀬、底冷えが厳しくなった。毎朝、板張りの本堂で読経を行いながら、こう願う。「来年は被災者に光が差し、先が見える一年でありますように」。世の中が仕事納めを迎える28日には、餅を配る予定だ。 (井崎圭)

45人今も避難所生活

 7月3日から4日にかけ、熊本県の球磨川流域に線状降水帯が停滞し、記録的な豪雨をもたらした。球磨川が氾濫するなどし、県内で65人が亡くなった。最大で2500人(7月12日時点)を超えた避難者は仮設住宅への入居などに伴い減少したが、現在も45人(今月24日時点)が避難所で生活する。被害の甚大さから、球磨川の治水が見直されるきっかけとなり、蒲島郁夫知事は11月、最大支流川辺川へのダム建設を容認すると表明。2008年に「白紙撤回」した方針を転換した。

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