極めたスープは「丸い味」 亡き父の背中追うラーメン店主・広畑典大

シン・フクオカ人(17)

 自分が今歩いている道は、ずっと前から決められていたのではないか、と思うことがある。

 福岡市中央区薬院のラーメン店「麺道はなもこし」は、マンションの1階にある。大きな看板もなく、店内には6席しかないが、午前11時45分の開店時には行列ができる。

 自家製麺と鶏、昆布、いりこなどをブレンドしたすっきりとした味わいのスープが評判で、常連も多い。2014年と19年のミシュランガイド福岡にも掲載された人気店だ。

 でも、もじゃもじゃ頭の店主、広畑典大(44)にはあまり欲はない。

 「響くお客さんに響けばいいんです」

 ぶっきらぼうにも聞こえるが、いろんな道をたどって得た、今の境地だ。

中華そばの透き通ったスープは、あっさりかつ奥深い味わい

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 大学時代は教師になりたかったが、成績が悪く、教育実習を受けさせてもらえなかった。目標を失ってアルバイトしているうちに、近所のラーメン店が弟子を募集していると聞き、飛び込んだ。

 「やるなら徹底的に」と他のラーメン店も掛け持ちして知識を吸収した。熱心さが認められ、大学を卒業すると店長に抜てきされた。半年が過ぎた頃、母の知人から空き物件を紹介され、思い切って独立する。ただ、2階の店舗だったのでラーメン店には向いてない。そこで、居酒屋を始めた。

 店名は「ハナモコシのシェネ」。タモリのレコードから拝借した。タモリふんする怪しい料理研究家が、料理番組の講師を務める音声コントで、そのメニューが「ハナモコシのシェネ地中海風」だった。全くでたらめな料理で中身もなかった。

 「自分の料理も何をやるか決めてないし、これでいいか」

 周囲の反対を押し切って名付けた店は、思いのほか繁盛した。自分の好きなプログレッシブ・ロックを流し、創作料理を提供するスタイルが受け、常連客もついた。独学で経営も勉強し、9年ほどして2009年、現在地に移転した。鳥料理が主役の店として再出発した。

 ところが、以前の隠れ家的な雰囲気に集まっていた常連は離れ、宣伝して集客しなくてはならなくなった。鶏肉も、新参の店には良い素材が回ってこなかった。

 痛感したのは「店の個性」と「仕入れに左右されない食材」の必要性だった。そこで、「一から自分で作れるものを」と、移転前からアイデアとして温めていた自家製麺作りを実行することにした。

 ヒントは、よく通っていた店のちゃんぽんだった。普通は蒸した麺を使うが、その店は生麺をその場でゆでていた。蒸し麺とゆで麺の違いを調べているうちに、面白さに気づいた。

 製麺機を購入し、2年後、ラーメン一本で勝負する店に衣替えした。

製麺機でこだわりの麺を仕込む広畑典大さん

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 父は生前、天ぷら職人だった。小学3年の頃に両親が離婚したので、一緒に暮らした記憶はあまりない。成人してから、料理を教わろうと父の店に何度か行ったが、いつも酒を飲まされて終わり。魚のさばき方を聞くと、やって見せて「わかったろ」と言うだけだった。

 1人で麺やスープの仕込みをするようになって、その意味が分かった。結局、自分で考えてやるしかないのだ。毎日、考えて考えてやっているうちに、ふと理想のスープにたどり着く瞬間がある。

 禅の本で「きょうげんげきちくたい」という言葉を知って合点がいった。香厳という僧侶は、禅の解答が得られずに絶望し、道を掃除していた。すると、たまたま小石が飛んできて竹を撃ち、その響きで突然、悟りを得たという故事だ。

 理想とするスープは「丸い味」。特徴を出そうとすると、甘み、酸味、塩味、苦み、うま味のどれかをとがらせたくなる。でも、和食で出される「わん」はそれを全て含む丸い味だ。飽きがこなくて胃の中にすーっと落ちていく。

 「味の善しあしはお客さんが判断するもの。うちの味は丸くてわかりにくいかもしれない。でも気に入ってもらえたら…」

 自分の道は自分で決めてきたつもりだが、実は父の職人気質を受け継いでいるのかもしれない。最近は、麺作りにほれ込みすぎて、麺をつまみに飲める店も面白いんじゃないかと考えている。もちろん、丸い味で。

 その道の先に何が待っているのかは、まだ分からないが-。

 =文中敬称略(加茂川雅仁)

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