なんとなく、40年前 塩田芳久

 田中康夫氏の小説「なんとなく、クリスタル」が第17回文芸賞に決まり、雑誌「文芸」12月号に発表されたのは1980年。東京でモデルをしている女子大生のアバンチュールを描いた作品だ。ブランド品や地名、大学などについた膨大な注釈が話題になった。

 話題につられて翌年刊行された単行本を読んだが、腹が立った。着ている服や通っている学校、聴いている音楽が「高級」でないことは悪とされ、その価値判断が有名大の学生によってなされたことへの反発があった、ような気がする。なにしろ最初の注で、福岡が生んだチューリップと甲斐バンドは「ダサい」と指摘されたのだから。

 世の人々も立腹していた。泉昌之氏の漫画「プロレスの鬼」でも主人公が怒って田中氏宅へ押し掛けた。軽薄、空疎、倫理観の欠如-そんな批判が渦巻く中、小説が持つ重いメッセージのことは誰も議論していなかったように記憶する。最終ページに、何の説明もなく「人口問題審議会『出生力動向に関する特別委員会報告』」と「(昭和)五十四年度厚生行政年次報告書」のデータが置かれていたのだ。

 前者は合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数)、後者は65歳以上の高齢化率の将来予測をはじいていた。2025年に人口の増加が止まる。1979年に8・9%の高齢化率は2000年に14・3%に上昇する。1980年の読者は「関係ない数字」と考えていたと思う。人口も経済も右肩上がりの40年前、田中氏が予測を上回る人口減社会、少子高齢社会の到来を透視して、バブル景気以前の“バブリー”な物語と対置したことに気付いた人は、ごく少数だっただろう。

 後知恵だが、この二つのデータは陽画の物語を陰画に変える。江戸の俳人、小林一茶の句「世の中は地獄の上の花見かな」にも似た世界を提示する。地獄は人口減社会ではない。きら星のようなブランド品に囲まれた現在しか見ず、人口減、少子高齢社会が導く未来から目をそらすことこそ「地獄」だといえまいか。そして今も「なんとなく-」の時代の尻尾を引きずって、新たな時代の局面を直視しない風潮を感じることがあるのは確かだ。

 田中氏自身、続編の「33年後のなんとなく、クリスタル」(2014年)で、二つのデータが導いた「未来」に一つの定見を示した。けれど40年前、氏が投げ掛けたメッセージは重要性を失ってはいない。成長神話は終わる。さあ、物語(人生)の続きを真剣に考えよう、と。 (くらし文化編集委員)

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