「不要不急」 それでも芸術の力信じ… 満100歳迎えた野見山暁治さん

西日本新聞 社会面 平原 奈央子

 大正、昭和、平成、令和と四つの時代を生き抜いてきた画家の野見山暁治さんが1日、満100歳を迎えた。コロナ禍で不要不急とされた芸術に向き合い続けた人生。「今の日本は忙しい。人情や友愛、慈しみの心が薄れてしまった」。そう嘆きつつも、芸術の力を信じ、変わらぬ情熱で絵筆を握る。

 1920年12月17日(戸籍上は翌年1月1日)、福岡県穂波村(現飯塚市)生まれ。東京美術学校(現東京芸大)で学び、満州(現中国東北部)に出征。12年間の在仏を経て東京芸大で教え、2014年に文化勲章を受章した。洒脱(しゃだつ)な随筆でも知られ、戦没画学生の作品保存に尽くしてきた。現在は都内で暮らし、福岡県糸島市で毎夏過ごす。

 健康の秘訣(ひけつ)は「怠け者であること」。美学生時代から朝寝坊で、今も十分に睡眠を取る。食後も仮眠を取り頭をしゃきっとさせてからキャンバスに向かう。「白いもの、余白を見たらぐわっと夢がわく。浮かんでくる世界をここにうずめてみたいなと。その世界がどういうものか分からないから、描き続けるんです」

 満州出征時は、肺結核で内地へ送還されて九死に一生を得た。戦後もさまざまな体験をしたが、新型感染症には「こんなことは初めて」と驚き、「人の精神がますます荒涼としてしまうのでは」と危ぶむ。

 故郷筑豊を原風景にした大胆な色彩の対比と躍動的な画風は、時代の空気を取り込んで深化してきた。「それぞれの時代の波にまみれて、群れの一匹として生きている限り、必ず時の影響は受けます」。昨年は東京の地下鉄青山一丁目駅のステンドグラス原画も手がけた。どんな時代も創作が自身の生きる力だった。

 「生き方を模倣する先輩がいよいよ少なくなって、あとは独走になる」

 今月9~18日の東京・日本橋高島屋を皮切りに、北九州市立美術館など各地で記念展やコレクション展がある。 (平原奈央子)

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