選手生命の危機…「再逆転」に懸ける59歳 ボートレーサー日高逸子

シン・フクオカ人(16)

 人はどん底に突き落とされてこそ、自分の力を発揮できる絶好のチャンスをつかめるのだと思う。

 59歳でモーターボート界を引っ張ってきた日高逸子は、レース人生最大のピンチに立たされている。2020年前期(5~10月)に通算3度目のフライングを切り、150日間の出場停止処分と、最高ランクのA1級から最低のB2級へ降格が決定した。

 福岡市を拠点に主夫兼マネジャーの夫(59)と娘2人を育て、獲得賞金が女子最高の累計10億円を超える「グレートマザー」。想定外の陥落に引退説もささやかれていたが、決断したのは、どん底からの再出発だった。

 振り返れば、無理をする必要はなかった。福岡ボートレース場(福岡市)で開催された昨年9月5日の最終戦。1号艇で出場し、無事故で完走すれば、A1は維持できるはずだった。

 でも「守りのレース」だけはしたくなかった。「舟券を買ってくれたファンの期待に応えるのに必死だった」。勝負に徹した結果、わずか100分の1秒早くスタートを切ってしまった。

 レーサーにとって3本のフライングは致命傷といえる。出場停止期間は無収入の上に、降格によって出場レースが3分の1減り、月1回となる。再びA級に復帰するのは至難の業である。選手の間では「地獄の生活の始まり」とも呼ばれている。

 引退も頭をよぎった。でも、フライングで辞めるのはしゃくだし、大けがをして引退する選手に比べたら、大したことはない。

 「どん底からはい上がるのも、逆転人生を歩んできた私らしさだと思う」

華麗なターンで数々のタイトルを手にしてきた日高逸子さん=2017年8月

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 逆転人生-。その出発点は、幼少期にさかのぼる。

 中学教師の父と保育士の母の長女として、宮崎県都城市で生まれた。4歳の時だった。バイク事故に遭った父が後遺症で酒浸りとなり、暴力を振るい始めた。小学校に入って間もなく、暴力に耐えかねた母が突如、姿を消した。二つ上の兄と、祖父母宅に預けられた。

 祖母は厳しかった。料理、洗濯、掃除、稲刈りと、幼い孫を徹底的に働かせた。家計は苦しく、兄と一緒に朝から新聞配達をして、夜は集金のため街を走り回った。

 父の暴力におびえた日々。母を失った悲しみと貧乏生活。「そこから脱出したいという思いが、私の負けず嫌いの原点。自分の手で何かをつかみたかった。そのためには、誰にも負けたくなかった」

 奨学金で高校を卒業し、信用金庫などに就職した。しかし退屈に感じて長くは続かなかった。そんな時、ふと目にしたテレビCMが人生を大きく変えた。

 「ボートに乗って年収1千万円」

 ボートレーサーの募集だった。幼い頃から金銭面で苦労してきただけに、キャッチコピーが心を強く揺さぶった。どんな競技か知らなかったが、試験を受け合格した。

 本栖湖(山梨県)での1年間の実習訓練は、予想以上の厳しさだった。スピードに恐怖を感じて耐えられなかった。教官に「辞めます」と言ったことも。偶然にも同郷だった教官が「負けるな」と励ましてくれたことで奮起し、人の何倍もボートに乗った。最下位だった成績が上位クラスまで成長した。

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主夫兼マネジャーの夫(右)と共に「どん底からの再出発」への決意を語る日高逸子さん(撮影・三苫真理子)

 1985年にデビュー。身長155センチと小柄ながら時速80キロ、体感速度120キロで、ターンマークに向かって疾走する。選手生活36年目で通算2千勝。女子賞金王など数々のタイトルを手にし、現役選手としては女子最年長となった。

 「職を転々としたが、ボートレースは性に合っている。全国24カ所の会場を回り、戦う選手もレースごとに違う。調子が悪くても、次のレースがあると切り替えられる。まったく飽きない」

 女子ボート界の第一人者だけにファンも多い。サインには、必ず書き添える言葉がある。

 〈努める者は報われる〉

 結果が伴わないのは努力不足と、自分自身に言い聞かせてきた。だからこそ、出場停止期間中は、午前9時から午後6時までジムとホットヨガで体を鍛え、復帰への準備に費やしている。

 「獲得賞金もいつ抜かれるか分からないし、女子最年長記録(61歳)も破りたい。どこまではい上がれるかを、私自身が見てみたい」

 逆転人生を突き進むその先に待つ世界とは…。誰も踏み入れたことがない領域へ、グレートマザーの戦いが、2月から再び幕を開ける。

 =文中敬称略(田中耕)

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