大村藩「踏み絵」の新史料発見 キリシタン弾圧、役人の実務示す29点

西日本新聞 社会面 岡部 由佳里

 江戸時代末期、大村藩(長崎県)で宗門政策を担った「宗門方(しゅうもんかた)」の役人が踏み絵について記録した書状など、当時のキリシタン弾圧の実態を示す古文書29点が見つかった。病気のため踏み絵に出向けない人の名簿などが含まれ、藩の禁教の実務が分かる貴重な史料として専門家は評価する。

 長崎市長崎学研究所が東京の古書店から購入。修復後、整理した藤本健太郎学芸員によると、1850年前後、藩の宗門方の井手條右衛門に由来する古文書とみられる。

 嘉永5(1852)年の「病人宿割帳」は、当時、キリシタンでないことを確認する「宗門改」で、庄屋の家で年1回聖画像を踏ませる踏み絵に出向けない可能性がある病人の名前を世帯ごとに記載していた。聖画像は長崎奉行所が藩に貸し出しており、その謝礼金を記した史料もあった。

 藩の宗門奉行が井手らに宛てた書状では、漁に出た80人余りが宗門改までに戻れなかった事案について「大様之事(おおようのこと)(不注意だ)」と叱責(しっせき)するなど、踏み絵が予定通り行われなかったことを大問題として書き記していた。

 戦国から安土桃山時代に活躍した日本初のキリシタン大名、大村純忠が奨励したこともあり、藩は領民の多くがキリシタンに改宗。江戸時代は禁教に転じたが、明暦3(1657)年に600人以上のキリシタンが摘発される「郡(こおり)崩れ」が起き、より厳しい監視と弾圧が行われたとされる。

 キリシタン史に詳しい熊本大大学院の安高啓明准教授(日本近世史)は「踏み絵に実際に関わっていた実務役人による古文書で、現場視点で史実を紡ぐことができる。これまで知られた古文書に欠けていた情報を含む1次史料と言える」と評価する。 (岡部由佳里)

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