亡き母重ね登山40年 スーパーボランティア・尾畠さんの原点

西日本新聞 夕刊 井中 恵仁

 「スーパーボランティア」の呼び名で全国に知られる尾畠春夫さん(81)=大分県日出町=の原点が、「豊後富士」の別名を持つ標高1583メートルの由布岳だ。「40年以上登り続ける特別な山」と語り、今もボランティアで登山道の整備に励んでいる。由布岳に登る尾畠さんに同行し、その波乱の半生と「山」への愛を深掘りしてみた。

 落ち葉が積もる岩場を、赤い鉢巻きをした小柄な尾畠さんが確かな足取りで登っていく。濃霧に包まれた東峰と西峰の分岐点「マタエ」に、「バンザーイ!」の大声が響いた。

 尾畠さんが登山を始めたのは40歳の頃。2人の子どもが成長し、新しい挑戦がしたいと、くじゅう連山の雪山登山ツアーに参加した。体一つでひたむきに頂上を目指し、たどり着いたのは静寂の銀世界。「こんなにきれいなところがあったのか」と心をつかまれて以来、山のとりこだ。

 由布岳は四季折々の変化が魅力という。春、木の節々に小さな芽が出る。初夏にはミヤマキリシマが花を咲かせ、秋にはマユミなどの実がなって葉は赤や黄色に色づく。冬は霧氷や樹氷の季節。晴天もあれば、土砂降りの日もある。「何百回も登ったけど、同じ表情は一度もないです」

 小学生の頃、母を病気で亡くした。7人きょうだいで自分だけ農家に奉公に出た。食べ物に困り、学校にもほとんど行けなかった。「なにくそ」と脇目も振らずに生きてきた。

 営んでいた別府の鮮魚店の商売が一息ついたとき、家族関係に悩んだとき…。由布岳に足を踏み入れると、天国の母が「よく来てくれたね」とぎゅっと抱きしめてくれるような感覚を覚え、何度も活力をもらった。

 65歳で店を閉めてからは真冬の祖母山に登った。そこは「一秒一秒が戦い」。マイナス19度でまつげが凍り、まばたきするとバラバラと落ちた。北アルプス55山を9泊10日で縦走し、北海道22山も20日で達成。登山で培った強靱(きょうじん)な足腰や精神力が、被災地でのボランティア活動を支える。

 「山は生きている」。山に通ううち、そう感じるようになった。呼吸するし、脈拍もあると思う。登山ブームで傷んだ登山道からは山の悲鳴が聞こえる。「おふくろみたいな由布岳に恩返ししたい」と50歳から登山道の整備を始めた。遭難者が出ないよう自作の看板を取り付け、滑落防止のため登山道にロープを張った。長年の功績が認められ、昨秋、緑綬褒章を受章した。

 由布岳で作業をしていると老若男女から「豪雨の時、ボランティアに来てくれてありがとう」などと声が掛かる。カメラを向けられると、山に響き渡る声で「いちたすいちは、にー!」と叫び、相手が痛がるほど全力で握手。「わしはスーパーでもコンビニでもない。ただのボランティア」。笑顔と軽快なトークに人は笑い、新たな一歩を踏み出す。「相手は人生の壁にぶつかり、山に入ってきたのかもしれない。だからわしは(写真撮影や握手を)絶対に断らない」

 尾畠さんはなぜ山を目指すのか。率直に聞いてみた。「母なる山に包まれると、胸がキュンとするから。それに、人間は自然の中に生かされている一動物ということを思い起こさせ、謙虚さや感謝を取り戻させてくれる。ほんとですよ」 (井中恵仁)

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