対馬に根付いた「あか牛」 郷里で繁殖農家に 元県職員の挑戦

 国産牛の多くは黒牛(黒毛和種)だが、対馬で牛といえば「あか牛」(褐毛(あかげ)和種)。長崎県によると、1952年ごろは約3千頭が飼われていたという。このあか牛の起源については朝鮮系と推定される。

 多くは農耕用だった。農家には対州馬(たいしゅうば)やあか牛がいて農作業や運搬を手伝っていた。対馬の漁村で育った居村憲昭さん(59)=対馬市上県町久原=にとっても、あか牛は子どもの頃からなじみがあった。

 「近所の芋畑に遊びに行った時、すきを引くあか牛の後ろについて回った。掘り出されたサツマイモを拾ってましたね」

 2016年4月に県対馬振興局農林水産部長に就くまで34年間、主に水産行政に携わってきた。地元に来て農業や林業にも関わるようになった。牛舎では、飼育をしている人たちの声に耳を傾けながら、あか牛の体にも触れた。体温を肌で感じ、愛らしい表情が好きになった。

 「これだ」。18年春、定年まで4年を残して県を早期退職。郷里であか牛の繁殖農家になる決意をした。

 知人の牛舎で1年間、20頭のあか牛の世話をしながら飼育のコツを覚えた。牛舎の牛が通路に逃げ出し、パニックになったことも。19年春、自宅から車で10分の場所に土地を借りて牛舎を建てた。

    □      □ 

 居村さんの朝は早い。

 午前6時ごろには牛舎に到着。一日の仕事は朝2時間の餌やりと掃除に始まる。牧草の種まきや刈り取りをすることも。午後には再び餌やりと掃除をして夕方6時ごろには終えるが、夜になる日もある。

 「忙しいけど、やりがいがある。牛が好きだから続けられるんですね」

 昨年12月、敷地内に子牛を育てるための牛舎「育成棟」を1人で建て始めた。

 県によると、対馬では肉用牛飼養農家が50戸あり、527頭を飼育。このうちの約6割、326頭があか牛(19年4月1日現在)で、子牛は対馬から主に熊本へ出荷される。黒牛を含め1998年から飼養農家数、繁殖母牛頭数は減少してきたが、5年ほど前から頭数は増える傾向にある。

 対馬における牛の歴史は古い。坂田邦洋著「対馬の考古学」(1976年・縄文文化研究会発行)には「縄文時代の志多留貝塚から、牛の骨が見つかっている」との記述がある。貝塚は対馬の北西部にある。

 縄文時代の牛も、あか牛だったのだろうか-。

 「対馬のあか牛は島に根付いた文化なんですよ」と居村さん。

 丑(うし)年の年男でもある。

 「いざよ~い」「みずな~」「りこ~」…。居村さんが名前を呼ぶと、あか牛が次々と寄ってくるという。  (平江望)

関連記事

長崎県の天気予報

PR

開催中

第5回写遊会 写真展

  • 2021年10月15日(金) 〜 2021年10月29日(金)
  • まいなびギャラリー(北九州市立生涯学習総合センター1階)

緑のコンサート

  • 2021年10月30日(土)
  • 福岡市健康づくりサポートセンター あいれふホール

PR