「コロナ克服」自賛の影で思い出す 1人の女性の死と遺族の思い

西日本新聞 国際面 川原田 健雄

コラム【ウオッチ中国】

 中国が2019年12月末に新型コロナウイルスの集団感染を初めて公表して1年が過ぎた。習近平指導部は感染封じ込めを「成果」と強調するが、その姿を見るたびにある中国人女性を思い出す。特派員だった20年7月、湖北省武漢市で取材しようとしてかなわなかった楊さん(50)だ。

 楊さんの20代の娘は20年1月中旬、コロナに感染。治療のかいなく2月初めに亡くなった。楊さんのインターネットの投稿によると、感染拡大を知らずに別の病気治療で病院へ行き、感染したという。

 武漢市当局は19年12月31日に「原因不明のウイルス性肺炎で集団感染が起きた」と発表したが、いち早く危険性を訴えた医師は処分され、感染リスクは周知されなかった。人から人への感染が公表されたのは20年1月20日。楊さんは「政府の情報隠しがなければ娘は死なずに済んだ」と訴えていた。

 7月に電話した際、楊さんは「離れた場所にいるから会えない。会っても話すことはない」とかたくなだった。感染が落ち着いた今なら胸の内を語ってくれるのではないか。淡い期待を抱きながら昨年末、再び電話してみた。

 「何度かけてきても話すことはないよ」。電話に出た楊さんの口調は前回同様冷たかった。しかし「この携帯電話にはかけてこないで」という一言には何か含みを感じた。別の連絡方法なら話してもいいということか-。知人のつてをたどり、メッセージのやりとりが暗号化される通信アプリの連絡先を入手。アプリを通じて連絡すると別人のような明るい声が返ってきた。

 「(盗聴されるから)中国では携帯電話で話せないのよ。外国人記者なら分かるでしょ」。当局を警戒しての演技だったのだろう、言葉も武漢なまりからきれいな標準語に変わっていた。

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 楊さんによると、当局批判を投稿した昨春以降、地元政府の関係者から「これ以上追及するなら法律に基づいて処罰する」と何度も脅されたという。「外国メディアと接触するな。取材を受けたら何の対応もしないぞ」との圧力も受けた。「彼らの言う通りにしたのに結局何も変わらなかった。なぜ娘が死ななければいけなかったのか、今も全く説明がない」

 さらに不信を深めたのが市衛生当局の対応だった。娘は生前、PCR検査で陽性と確認されたが、当局が出した死亡診断書には「病毒性肺炎(ウイルス性肺炎)」と記されただけ。新型コロナを意味する「新冠」の文字はなかった。「新型コロナの死者数を少なく見せるため意図的に削ったのではないか」と疑う。

 楊さんは同じ境遇の遺族と地元政府や病院に対する損害賠償請求を検討している。裁判所は受理しない構えだが「絶対諦めない」と覚悟を固める。「金が欲しいんじゃない。誰の責任かをはっきりさせたいだけ。武漢で何が起きたのか、真実を明らかにしたい」

 共産党の指導で新型コロナ禍を克服したと自賛する習指導部。その姿は楊さんの目にどう映るのか。「私と彼らが同じ国に住んでいるとはとても思えない。政府は永遠に勝利したと言い続け、私たち遺族の訴えはその影に埋もれていくんでしょうね。まるで何もなかったように…」。やり場のない怒りを含んだ深いため息が、通話を終えた後も耳に残った。

(国際グループ次長=前中国総局長) =随時掲載

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