『蒲田行進曲』計り知れぬ誠実さ、「階段落ち」に筑豊の炭鉱夫を見た

西日本新聞 吉田 昭一郎

フクオカ☆シネマペディア(19)

 「蒲田行進曲」(1982年、深作欣二監督)の主人公と言っていいだろう。「新選組」の撮影で斬(き)られ役となり、とてつもない高さから転げ落ちる「階段落ち」に挑む大部屋役者、ヤス(平田満)が、かつて地の底で体を張って石炭を掘った炭鉱夫のイメージとどこかでつながった。

 旧産炭地・筑豊(福岡県)は、原作者のつかこうへいの出身地だ。閉山後の大量失職と地域の荒廃を見て育ったに違いない。200人以上が死亡した地元の炭じん爆発など事故の悲惨さも身近に見聞きしただろう。

 炭鉱夫と言えば、筑豊の記録作家、上野英信が「追われゆく坑夫たち」で書いた「テボかろい」を思い出す。石炭満載のテボ(竹かご)を背負い、傾斜のある坑道を駆け上がっては運び出し、再び暗い坑内へと戻っていく労働だ。転ぶと大けがをする。日々を重ねる果てに体を壊す。〈「走らんか!」と、闇の奥から職制の怒声がとぶ。彼らは矢のようにとぶ。やがてまず真っ先にアキレス腱(けん)をやられる。つづいて膝の関節をやられ、腰をやられて、歩くこともできなくなる〉

 上野がそう書いた炭鉱夫の姿が、大けがを覚悟してスタントに臨むヤスを見ていて、ふと思い浮かんだ。

 ヤスは、スター俳優の銀四郎(風間杜夫)を慕って仕え、無理難題で振り回されるが、ひたすら尽くす。愛想笑いばかりで愚かしく映るほど純朴、真面目な人柄だ。銀四郎が妊娠させ出世のために別れる元女優、小夏(松坂慶子)を押し付けられ、喜んで結婚する。小夏はなお銀四郎を愛しているのは明らかだが、ヤスは小夏を大事にする。危険なスタントで稼いで養い、出産費を賄おうとする。

 何があってもヤスは銀四郎を支え続ける。「新選組」主演の銀四郎が演技に自信を失い、「その場面があれば俺が輝く」とこぼした「階段落ち」を、ヤスは進んで引き受ける。危険だからと監督は断念していたが、ヤスは銀四郎を思い、小夏を思って体を張る。

 ヤスには常人には計り知れない誠実さのようなものが宿っているのだと思う。それは、暴力的な支配と搾取に遭いつつも、家族を養おうと、引き受けたからには命懸けの労働をこなした炭鉱夫の多くが持ち合わせたものではないか。

 つかこうへいがそのあたりをどう思って戯曲を書いたかは知らない。ただ、不条理な出来事が相次ぐ産炭地で、それでも懸命に生きる人間の強さと悲しさを見て育ったのだろう。そんな少年期におのずと培ったものが、アングラ演劇界で一時代を築いた劇作家・演出家の血肉となって花開いたのではなかろうか。

 ヤスが「階段落ち」を引き受けた後、荒れて本音をぶちまける姿に鬼気迫るものがある。ヤスだって人間なのだ。つかは、そのところをしっかり見せたかったのだと思う。まじめにやっている者の血と汗と涙は報われるべきなのだ。ドタバタと笑いの劇中にまぎれ込ませて、それこそを伝えたかったのだと思う。 (吉田昭一郎)

※「フクオカ☆シネマペディア」は毎週月曜の正午に更新しています

福岡県の天気予報

PR

福岡 アクセスランキング

PR

注目のテーマ