「ジェットコースターみたい」斜度20度超も…挑戦者相次ぐ“激坂”

 間もなく告示を迎える北九州市議選の取材で八幡東区を歩き回った。入り組んだ坂道を登りきり、期せずして目に飛び込んだ工場群の景色は力強さがあった。ここには人々を引きつける坂が少なくない。八幡の歴史と未来に思いをはせながら坂の街を巡った。

 まず、枝光地区にある「望玄坂」を訪ねた。日本製鉄の戸畑-八幡間を結ぶ専用鉄道「くろがね線」のトンネル上にある。1990年に階段などが整備され、この名前が付いたという。名前の由来は調べても分からなかった。

 最寄りのJR枝光駅から歩き始めると、下校する高校生たちとすれ違った。年明け早々の予定を楽しそうに話していた。坂の上の九州国際大付属中学・高校の生徒たちだ。上へ上へと真っすぐ延びる坂を見て、バックパックにカメラ2台を入れてきたことを後悔した。この坂を毎朝登り、文字通り「登校」する生徒たちに感心した。

 標高差約60メートルの坂を登ると、眼下に工場群と洞海湾、街並みが広がった。カメラを構えていると、この坂沿いに住む男性に声を掛けられた。西側に開けているため「夕日の眺めが最高」だという。日が沈むと工場群に明かりがともり「景色が刻々と変わるのも魅力」と語ってくれた。

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 次に向かったのは同区大蔵3丁目の「ゾンコラン坂」。イタリアの自転車ロードレースの難所ゾンコラン山に重ねて、自転車愛好家たちが呼ぶようになった。標高差70メートル、長さ300メートル、斜度が20度を超えるところもある「激坂」を走破しようと、各地から愛好家たちが訪れる。

 日曜日の午後、トレーニング中の高校生たちがいた。直方市にある大和青藍高の陸上部と硬式野球部だ。坂を6回、ダッシュで駆け登るのだという。

 陸上部顧問の平田康祐さんによると、この坂には3、4年前から来ていて、他の学校も使っているらしい。「登るときの前傾姿勢がいいトレーニングになる」と話す。部員たちと一緒に走った硬式野球部長の野崎賢二さんが坂を下りてきた。「子どもたちにはちょっとかわいそうかな」と汗をぬぐった。

 高校生に自転車でこの坂に挑戦する人がいることを伝えると、笑いながら「無理無理、絶対無理」と首を横に振った。

 部員の走りを上から撮ろうと、私も駆け登ってみた。最初は軽やかに走れたが、それも20メートルほど。足が前に出ない。マスクをしていたため息苦しく、手に持ったカメラがずっしりと重い。

 振り向くと部員たちが次々とスタートしていた。部員たちは午前中、同区の皿倉山の坂道を走ってきたというが、元気に登っていく。頂上で部員の1人が言った。「ジェットコースターみたいでしょ」。確かにそうだ。これだけ真っすぐの坂は見たことがない。

 すると自動車が私たちの横を通り過ぎ、坂を下っていった。ちょっと怖いが私も車で走ってみようと思った。とはいえ22年間乗っている私の車が急勾配で動かなくなって、生活道路をふさいだら申し訳ない。素直に諦めた。

 (菊地俊哉)

【八幡東区と坂道】「山へ山へと 八幡はのぼる はがねつむように家がたつ」。詩人の北原白秋は1930年、八幡製鉄所から所歌選定の依頼を受けて八幡を訪れ、当時の繁栄をうたっている。山の斜面に家屋が広がっていったのは、製鉄所が発展するにつれ、全国各地から労働者が集まり山の上へ上へと宅地を造成していったから。美人画で知られる竹久夢二も少年時代、一家で岡山から枝光に移り住んでいる。父親は作業員のあっせん業を始め、夢二は製鉄所の製図室で働いたといわれる。

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