忘れてしまう年【坊さんのナムい話・24】

 先日ある人から「2021年はどのような年になると思いますか?」という質問を受けました。いろいろと考えたのですが「忘れてしまう年」になるのではと答えました。

 仏教で忘れるというと、チューダパンタカを忘れてはいけません。彼にはマハーパンタカという兄がいて、ともにお釈迦(しゃか)様の弟子でした。パンタカ兄は聡明(そうめい)で、お釈迦様の言われたことをすぐに理解し、メキメキと実力をつけます。それに比べパンタカ弟は何でもすぐに忘れてしまいます。自分の名前も忘れてしまうので、いつも首から名札をぶら下げていたほどです。一向に成果の上がらない弟を見て、兄は弟子を辞めるよう勧めます。追い出されることになった弟は途方に暮れました。

 その様子を見ていたお釈迦様は、パンタカ弟に1本のほうきを渡して、これで四六時中掃除をするように言います。ただし、掃除の時は「塵(ちり)を払おう、垢(あか)を除こう」と言いながらするよう教えます。パンタカ弟は言われた通りに行い、ある時「除くべき塵や垢というのは自分自身の煩悩(迷いの心)である」という真実に気付きます。

 それをきっかけに、パンタカ弟はただちに悟りを開きました。名前を忘れるほどのパンタカ弟でしたが、お釈迦様から教えてもらった大事な言葉は忘れず、そこから素晴らしい成果に至ることができたのです。

 現在、多くの方々が懸命に、このコロナ禍を終わらせようと努力しています。そしてこの疫病も将来必ず終わります。しかし、その終わりが見えた時、きっと多くのメディアがこの災いを総括し、人類が苦難を乗り越えたストーリーとして仕上げていくでしょう。そして私たちも、過去のものとして忘れてしまおうとするのではないでしょうか。

 人生には時として忘れることも大切です。ただ、忘れてはならないものもあります。今、多くの人々が苦しんでいて、その苦しみの上に私たちの生活があること、そして当たり前だと思っていたものが、実は当たり前ではなかったということ。それを教えてくれたのもこの疫病でした。パンタカ弟が大切なことを忘れなかったように、私たちも学んだものを忘れないようにしなければなりません。そんな自戒の意味も込めて「忘れてしまう年」です。

(永明寺住職・松崎智海 北九州市)

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