自己責任、生産性…寅さんなら何て言うかな 俵万智さん7年ぶり歌集「未来のサイズ」

西日本新聞 文化面 藤原 賢吾

 誰しもが日常を失ったコロナ禍も、この人が歌えば鮮やかに彩られる。

ほめかたが進化しており「カフェ飯か! オレにはもったいないレベルだな」

 春。寮で暮らす高校2年の長男は、休校で1カ月ほど帰省した。離れて住む親子に流れた久しぶりの濃密な時間を詠んだ。そう言えば、代名詞とも呼べる歌も、手料理を喜ぶ大切な人との日常の愛(いと)おしさがにじんでいた。

 <「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日>

 デビューから33年。大切な人は恋人から息子へ。7年ぶりの第6歌集「未来のサイズ」を刊行した俵万智さん(58)は、変わらないみずみずしい感性で変わりゆく日々を、厳かに、軽やかに歌う。

早起きのできない理由「面白い夢が最近多すぎるから」

俵万智著「未来のサイズ」(角川書店、1540円)

 本書には2013年から詠んだ418首を収めた。原発事故を逃れ、仙台市から母ひとり子ひとりで渡った石垣島での暮らし。息子の進学を機に宮崎市に移るが、隣近所との心が密な島を離れる歌は、ちょっぴり切ない。

あと三日で引っ越しをする我(わ)が部屋に日常として子ども七人

女の子も育てたかったこの島にハルちゃんモモちゃんのこと忘れない

 政治が身近な沖縄で暮らし、子どもの成長に伴走するなかで未来を強く意識する。このままの社会で本当にいいのか? 自らの考えを反映させた歌が、これまでに比べてはるかに多い。

カギカッコはずしてやれば日が暮れてあの街この街みんな夜の街

自己責任、非正規雇用、生産性 寅さんだったら何て言うかな

 コロナ禍の初期に色濃かった疑心暗鬼の刄(やいば)は、真っ先に「夜の街」に向けられた。でも、夜の街って一体どこだ? そこで糧を得て生きる人もいっぱいいるのに。政府や自治体が鳴らす警鐘を鵜呑(うの)みにするだけでいいのか。「『夜の街』とは政治が使うにはあまりにも文学的な言葉」だと苦笑しつつ、現状を憂える。

 「社会がどんどん窮屈になっている。寅さんのような人が生き生きとしていられる社会の方が豊かなのではないでしょうか」

 歌集に通底するのは、声高に訴えることのできないささやかな市井を全身で包み込むような肯定感だ。

「選ばれる地方」「選ばれない地方」選ばれなくても困らぬ地方

制服は未来のサイズ入学のどの子もどの子も未来着ている

 俵さんは「短歌は私のなかから生まれるのではなく、私と愛しい人とのあいだに生まれる」と言い切る。歌集タイトルにもなった歌では、成長を見越して大きな制服をまとい中学の入学式に臨む子どもたちの姿を描いた。時を重ね住まいを移し、出会いを得て視界が広がった。近所の子も我が子のように過ごした石垣島にいたから、<どの子もどの子も>と同じ視線を注げるようになった。

ひとことで私を夏に変えるひと白のブラウスほめられている

 恋の歌でも名高い俵さん。千年を超える短歌の王道ともいえる相聞歌は健在だ。「愛しい人」のふとした言葉から生まれる小さなときめきをいつまでも大切にできるからこそ、心をつかむ歌が生まれ続ける。

 かつて石川啄木以来といわれた鮮烈な口語体で、短歌界のみならず社会にまで旋風を巻き起こした。ただ、新たな短歌を切り開こうと肩肘張っていたのではなく、自らが心地よい表現を追求してきたという。

ふいうちでくる涙あり小学生下校の群れとすれ違うとき

 子どもの成長はうれしくても、わびしさがよぎる母の心境。こんな気持ちを誰かに届け、共有したい。

 「私にとって歌集は手紙なんです」

 いろいろあるけど人生は生きるに値する。新たな「手紙」は読む者の背中をそっと、しかし確かに押してくれる。 (藤原賢吾)

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