鬼滅と千とアラカン帝

西日本新聞 オピニオン面 上別府 保慶

 大ヒットする映画には、時代という背景がある。

 劇場版「鬼滅(きめつ)の刃(やいば)」の場合は、作品の魅力もさることながら、コロナ禍によって洋画大作の上映延期が相次いだためにスクリーンの空きが十分にあり、大勢の観客を受け入れることができた。席に間隔を置く「密」防止の対策も取れた。

 「鬼滅の刃」は、「千と千尋の神隠し」が2001年に打ち立てた観客動員2352万人(再上映を除く)の記録を昨年の内から塗り替えている。「千と千尋」もまた、世界の有り様を一変させた米中枢同時テロの年の作品だった。

 「千と千尋」は生きる者同士の思いやりと癒やしを描いて海外でも高く評価され、03年にアカデミー賞(長編アニメーション部門)を獲得した。ところが授賞式の直前に米軍などのイラク侵攻が始まった。宮崎駿監督は「今、世界は大変不幸な事態を迎えているので、受賞を素直に喜べないのが悲しいです」というコメントを寄せた。

 戦後の邦画で「千と千尋」の前に最多の観客を動員したのは新東宝の「明治天皇と日露大戦争」だった。ソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げた1957年のことだった。それは米ソの核ミサイル開発と表裏一体の宇宙開発競争の号砲となった。

 当時の日本には敗戦による自信喪失の感情が漂っていた。「明治天皇と日露大戦争」は一昔前の勝ち戦を総天然色の大画面「シネマスコープ」で描いて大衆の心を刺激し、「国民の5人に1人が見た」といわれる2千万の観客を動員。封切り映画館の入場料が150円だった時代に8億円を稼ぎ出して、傾いていた新東宝の屋台骨を立て直した。

 明治天皇を演じたのは、鞍馬天狗で一世を風靡(ふうび)したアラカンこと、嵐寛寿郎(あらしかんじゅうろう)だった。大スターとはいえ一介の俳優が天皇を演じるなど前代未聞。命じられたアラカンは「鞍馬天狗のおじさんは 聞書アラカン一代」(竹中労著、徳間文庫)でその仰天を語っている。

 「へえッ、乃木(希典)さんやおまへんのか! そらあきまへんな、“不敬罪”ですわ、右翼が殺しにきよります。ワテはご免(めん)をこうむりたい」

 しかし元活動弁士の大蔵貢社長は押しが強い。「寛寿郎クン、大日本最初の天皇役者として歴史に残りたいと思わんかねキミイ」

 結果は大成功。新東宝は柳の下を狙って「天皇・皇后と日清戦争」「明治大帝と乃木将軍」も作ったが、大蔵社長が愛人の女優を皇后役に起用したのが批判され、ブームは先細りした。

 アラカン、話を締めくくっていわく。「わやくちゃですわ。増上慢のゆきつくところ、新東宝つぶれた」

 銀幕は時代を映す-。

 (特別編集委員・上別府保慶)

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