「零下四十度までは作業」極寒のシベリアで労働…抑留描いた水彩画

西日本新聞 筑豊版

モノが語る戦争 嘉麻市碓井平和祈念館から(25)

 雪積もる針葉樹の森で2人がかりで鋸(のこぎり)をひき大木を倒す男たち。色紙大の和紙に描かれた風景は「シベリア抑留の思い出」と題された画集の一枚だ。全部で30枚になる水彩の画集は、1945(昭和20)年、アジア太平洋戦争の終戦直後にソ連(ロシア)のシベリアに抑留された吉川末廣が晩年、自らの体験を描いたものである。

 吉川は中国東北部の満州国新京(現長春市)で建築士として事業を営み妻子と暮らしていたが、45年5月に応召し、満ソ国境付近でトーチカの陣地建設に従事した。3カ月後に終戦。しかし、それから苦難の日々が始まった。ソ連軍の捕虜となり、連れて行かれたのはモンゴル北方に位置するイルクーツクのタイシェットだった。ここでシベリア鉄道から延びるバム鉄道の建設工事に従事することになった。氷点下40度にもなる極寒の地で命じられた作業は、鉄道の枕木となる樹木の伐採だった。

 画集には、過酷な労働と抑留生活の記憶が五七五の句を添えて描かれている。「鋸ひけばしばしこぼるる雪時雨」「雪風を捲(ま)いて巨木の倒れけり」「監督が来たでシャベルが動き出し」「雪の中零下四十度までは作業する」「積込みは時間かまわず駆り出され」「江戸っ子は勢いが良いがすぐへばり」「男でも泣きたくなるよこのつらさ」。氷点下の山中で樹木を切り倒し製材所に運ぶという想像を絶する労働がさらりとした水彩画と軽妙と悲哀が入り交じった句で綴(つづ)られる。

 「悲喜こもごもなり月例検査」。全裸の男たちが一列に並び身体検査を受ける姿が描かれている。「尻肉をチョイとつまんでハイ三級」「三級と言われて三級にっこりし」「三級になりたいばかりにお湯をのみ」。三級は体調不良ということだろう。「三級はマスクかぶって野草とり」と軽労働で済んだようだ。しかし、夕食は作業量で分配され、働きが悪いと半分しかスープが飲めなかった。「余分に食いたさに進んで重労働についたりした」とも書かれている。

(嘉麻市碓井平和祈念館学芸員 青山英子)

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 嘉麻市碓井平和祈念館が収蔵する戦争資料を学芸員の青山英子さんが紹介します。

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