極刑求刑に表情変えず 「卑劣」「元凶」検察主張 組員減も影響残る

西日本新聞

 「死刑に処するのが相当」。14日に論告求刑が行われた特定危険指定暴力団工藤会トップで総裁の野村悟被告(74)の公判。検察側は野村被告を市民襲撃4事件の首謀者と位置づけ、極刑を突き付けた。無罪を主張する野村被告は、死刑求刑にも表情を変えることはなかった。

 福岡地裁904号法廷。野村被告と会ナンバー2の会長田上不美夫被告(64)は一礼して入廷。野村被告は膝丈の黒のコートをはおり、左耳に補聴器を付けて論告に聞き入った。

 「野村被告の意思決定が工藤会の最終的な意思決定」。検察側が絶大な影響力を強調すると、野村被告は配布された論告の書面から目を離し、ため息をつくようなしぐさを見せた。被告人質問で元漁協組合長射殺事件(1998年)の役割分担を知らなかったと説明したことについて、「およそ信用できない」とした際には首を横に振った。

 検察側は、野村被告は自ら手を汚すことなく、“黒幕”として各事件を指示したと主張。「狡猾(こうかつ)、卑劣」「悪質性の元凶」などと厳しい言葉を並べ、一般市民を繰り返し狙った異例の犯行だと批判した。

 野村被告は2000年に会長となり、11年に総裁に就任。元組合長事件当時も会幹部だったことも踏まえ、「各事件の悪質性は、野村被告の悪質性と表裏一体」とも述べた。

   ◇    ◇   

 野村被告が全国で唯一の特定危険指定暴力団トップに上り詰めた背景には、豊富な資金力と厳しい統制がある。

 捜査関係者などによると、野村被告は6人きょうだいの末っ子で、父は北九州市内に田や山を複数所有。団地や企業の社宅用地として売った土地の利益は億単位に上り、1988年に母親から莫大(ばくだい)な資産を相続した。自ら開いた賭場でも巨額を稼ぎ出したという。

 元警部銃撃事件(2012年)の別の被告の公判では、実行犯が「上位者の言葉は絶対。断る選択肢はなかった」と証言。過去の劇物散布事件後に野村被告から数百万円を受け取ったと述べる元組長もいた。アメとムチを使い分け、組織を引き締めていった。

 元警部銃撃事件以降は、毎年のように工藤会が関与したとみられる市民襲撃事件が相次ぎ、捜査当局のメスが入った。14年には「壊滅作戦」に着手し、野村被告を含め、多くの最高幹部を摘発。勢力は3分の1に減少した。

 それでも、接見禁止が解除された昨年9月以降、多くの組関係者が福岡拘置所に面会に訪れるなど、影響力は色濃く残っている。

 「淡々としていましたね」。野村被告の公判後の様子について、弁護人の一人はこう表現した。最後まで内面は見て取れなかった。

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