「非国民な女たち 戦時下のパーマとモンペ」 飯田未希著

 大分県日田市天瀬町の山村で生まれた私の祖母は戦前、大阪で美容師となり、終戦前後に日田へ戻って街中で美容院を開いた。私が小4の頃に亡くなり詳しい経緯は知らない。ただ戦前と美容院、あるいは「パーマ」という言葉が結びつかず、引っかかっていた。

 本書によると、女性の洋装やパーマが普及するのは1930年代後半以降。日中戦争が泥沼化し戦時色が強まる時期だ。総動員体制に女性も組み込まれ、非活動的な和装や日本髪は敬遠された。一方で機械の国産化でパーマが低価格化。農村にも広がった。戦時下、美容院には行列ができ、空襲の中も防空壕(ごう)でパーマをかけたというから驚く。

 むろん公には「奢侈(しゃし)的」「非国民」と排撃された。だが「美」を求める女性たちとそれに応える業者はしたたかに生きた。その闘いの一翼を祖母も担ったのかもしれない。

 (江藤俊哉)

 「非国民な女たち 戦時下のパーマとモンペ」 飯田未希著(中央公論新社・1870円)

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