ジャズ編<494>ゴルビーの挑戦

 福岡県太宰府市の川村和磨(69)は講座のためのテキストを作成するとき、教職時代を思い起こすことがある。中学校の社会科教師として定年まで勤め上げた。子どもたちに「世の中の見る目を育てる」との思いで教壇に立った。生徒たちが理解を深めるためにテキストをよく作成したことがある。 

 教師を卒業した後の新しい肩書はジャズスポット「ゴルビー」のマスターである。西鉄天神大牟田線の大橋駅(福岡市南区)前に、この店を開いたのは2014年である。家族などからの猛反対を受けながらも押し通したセカンドライフだ。

 店名の「ゴルビー」は旧ソ連の元大統領のミハイル・ゴルバチョフの愛称から取った。東西冷戦構造を終わらせた改革者への共感もあるが、何よりも顔が似ていることだ。教職のとき、ゴルバチョフの写真が載った教科書を見て、生徒たちが「先生、有名になったね」と冷やかしたことがある。

 川村はラジオ世代だ。小学校高学年からラジオから流れるレイ・チャールズに入れあげ、高校時代はベンチャーズの影響でバンドを組んだ。高校3年の時、友人から「これ、聴いてみて」と勧められたのはマイルス・デイビスだった。東京での大学生活ではジャズ喫茶に入り浸った。 

   ×   × 

 「ゴルビー」は、昼間はジャズ喫茶、夜はジャズバーになる。「ジャズファンの裾野を広げたい」といつも考えている。ライブの他に定期的に開いているのが「ジャズの楽しみ方講座」だ。土曜日の午後2時から90分。「地元福岡の歌姫」「日本のメロディをジャズで」「ピアノソロでジャズを」など各回、テーマを決めてCDやレコードをかける。その解説のためのテキストを毎回、A4用紙2枚で作成する。この講座はすでに300回近くになっている。

 18席で満員の店である。席が埋まるときもあれば、半分のときもある。地道な、ささやかなジャズの伝道である。「行く所が見つかってよかった」「文化的な空間を守ってください」…。川村はこうした声に励まされて講座を続けている。 人の往来とテナント料を勘案して大橋駅前に決めた。それでも出足は赤字で、ようやく採算ラインに届いたときにコロナに見舞われた。「また、ゼロからの出直しです。意地もありますから」。川村はこう言いながら次回の講座のテキストを作っている。 

  =敬称略

 (田代俊一郎)

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