加藤シゲアキさんも候補…直木賞だれに? 文芸アイドル西田さん×酒井信さん対談 (2ページ目)

-西條奈加さんの「うらさびし川」は唯一の時代物。

 西田 私はすごくいい話だと感動した。いろんな立場の女性が出てきて助け合うが、いい話ばかりではない。さまざまな心が書かれていて読み心地のバランスが良かった。イヤミスの要素もあって、気持ちが悪くて好きでした。シリーズ物として読みたい。

 酒井 この手の作品は山本周五郎と比べてしまう。「もみノ木は残った」などは強烈で、僕らの小ざかしい近代的な価値観を一気に覆す力がある。(候補作は)格差や理不尽な階級制など江戸時代の封建社会の中で人間存在の強さを見せる物語としては若干弱い。もう少し土地の描写もほしい。丁寧に書かれているが、千駄木や根津などにこだわりを持つ作家はほかにもいるので、その系譜で読むともの足りない。

-坂上泉さんの「インビジブル」は1954年の大阪を舞台に戦争の傷も描かれている。

 酒井 この才能は買います。(版元の)文芸春秋も推したいのだろう。デビュー作(「へぼ侍」)より読みやすくなり、ミステリー的な配慮がある。テーマや大阪の描写もよく、知識ではなく生きた人間の皮膚感覚があった。将来、文春の雑誌を代表する作家になる予感がした。

 西田 一番エンタメ色が強い。大阪の馴染み深い場所がよく描かれている。挿話が入る構成はあまり好きではないのだが、この作品の開拓地の話は良かった。昭和を追体験できたように感じた。

 酒井 魅力的な女性が出てきた方がいいように思った。

 西田 私は逆にこのままが好き。女性が入り込むといろんな思いが湧いてしまう。男性メインだから読みやすい。

 酒井 警察の組織改編の話がたびたび出てくるが、組織の話が好きな人にはいいけれど、大阪市警の史実にそんなに引きつけられるのか。

 西田 キャラクターに魅力があり、あまり興味が持てない組織改変の話も面白く読めた。

 -長浦京さんの「アンダードッグス」は帯に「ハリウッド映画を超えるちょうきゅうエンタメ!」とうたわれている。

 酒井 割と辛めかもしれない。香港を舞台としたハードボイルドとしてはよくできている。しかし、各国が追い求める陰謀は後に別な物だと判明するが、当初のフロッピーディスクに入った極秘情報という設定はいかがなものか。香港の描き方も、豆腐屋のおじさんが地下組織とつながっていたという部分もベタ。吉田修一さんの「太陽は動かない」などと比べると見劣りする。現代的な陰謀を描く難しさを感じた。

 西田 私も一番辛口なのがこの作品。展開が早いのはいい。でも主人公がいつの間にかスーパースターになり、周囲の人たちが褒めまくる。キャラえなのかもしれないが、私はまだそこまで好きになっていませんけど、と感じた。後半はちょっとしんどくて付いていけなかった。

 酒井 基本的に真面目な官僚という主人公が平板だったのかもしれない。

 西田 上からの指示で裏金を作ったという主人公の過去はあまりかっこよくないが、キャラの造形としてあえてそうしたのか。「でもやっぱり俺たち負け犬」と随所で言うが、そうでもないよね、と感じた。

-賞を射止める本命は? 2番手の作品は?

 西田 本命は「心淋し川」で対抗は「汚れた手をそこで拭かない」。本命にしたのは本当に好きだから。すごくうまかった。2番手はあまり直木賞っぽくないので、取ったらすごく面白そうだと思った。

 酒井 僕の本命は「八月の銀の雪」。表題作のほかにも「を拾う」や「十万年の西風」は活字で読者を遠くに連れて行く力がある。地球惑星科学の知見を踏まえた視野の広さを示した。次は「汚れた手をそこで拭かない」。これは芥川賞を取ってもいい。日常に潜む怖さを感覚的かつ感情のこもった言葉で表現できている。編集者の零落とか、出版不況でありそうなきわどい話を、自らの身を削りながら私小説のように書いている。

-候補作から日本社会のどのような姿が浮かぶ?

 酒井 伊与原さんの作品には原発で働いていた人や母子家庭の貧困などシビアな現実が描かれていた。芦沢さんのプールの話も現代的な小役人の悪事が描かれていた。

 西田 私は逆に世相はそんなに見えないとも感じた。「オルタネート」は現代的なSNSを使っているが、文通でも良かったんじゃないかというくらいの普遍性があった。

 酒井信(さかい・まこと)さん 1977年、長崎市生まれ。明治大国際日本学部准教授。専門は文芸批評・メディア文化論。著書に『吉田修一論』『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』など。本紙日曜カルチャー面で「現代ブンガク風土記」を連載中。

 西田藍(にしだ・あい)さん 1991年、熊本県生まれ。『ミスiD(アイドル)2013』で準グランプリとなりデビュー。NHK Eテレ「ニッポン戦後サブカルチャー史」出演。文芸アイドル、書評家として、SF、女性史など幅広いテーマで執筆活動を行う。

PR

文化 アクセスランキング

PR