核禁条約発効へ 日本も一歩踏み出す時だ

 長崎を最後にこの75年間、核兵器が戦争で使われる惨劇は起きなかった。それは偶然の幸運でしかないのに、私たちは「核のある世界」を甘受していないだろうか。

 核兵器が使われない保証はどこにもない。それどころか、米国、ロシア、中国は開発を競い合い、新たに保有しようとする国も依然なくならない。

 こうした現実への危機感が結実し、核兵器を「非人道的な兵器」と断じて、違法と定めた核兵器禁止条約があす発効する。

■抑止力に頼る被爆国

 この条約を批准した51の国・地域の大半は途上国で、核戦争の脅威にさらされ、核実験に伴う苦難を強いられた。

 中南米では米国、ソ連の超大国の緊張が核戦争寸前まで高まった1962年のキューバ危機を受け、核兵器を禁じる条約を制定した。同様の条約を作る動きは南半球を中心に広がり、今や世界の過半数の国が「非核地帯」となった。核禁条約の背景にはこうした歴史がある。

 戦後日本はこれとは異なる道を歩んだ。唯一の戦争被爆国で核兵器廃絶を掲げながら、米国の核抑止力に依存する矛盾した立場を取り続けている。

 冷戦時代、日本は核大国ソ連に向き合う最前線だった。冷戦の終結後も北朝鮮が核開発に突き進み、米国と覇権を争う中国は核戦力を増強させる。軍備管理の枠組みがない東アジアで厳然たる脅威が存在する以上、安全保障政策には抑止力が不可欠という判断である。

 核禁条約についても、政府は核保有国が賛同しない現状からその効力には否定的で、署名もしない方針だ。実際、米国の「核の傘」に入る日本の安保政策は条約の趣旨に反し、参加は極めて厳しい。

 日本と同様、核抑止力を手放せない国は少なくない。にもかかわらず核禁条約が成立し、発効を迎えたのはなぜか。

 条約の制定の原動力となったのは非核地帯の国々とともに、長崎、広島の被爆者の訴えに突き動かされ「核なき世界」を希求する地球市民の存在である。

 この動きを主導した非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン))は2017年にノーベル平和賞を受けている。その後も条約の署名や批准を各国に強力に働き掛け、発効を実現させた。

 国際政治の力学にからめ捕られて身動きできない各国政府を動かすのはこうした市民の声である。気候変動問題と同様、このうねりを忘れてはならない。

■締約国会議に参加を

 米国のバイデン新大統領の就任はこうした潮流に追い風となる。昨年の選挙戦で「広島、長崎の恐怖を二度と繰り返さないため核兵器なき世界に近づけるよう取り組む」と語った。

 日本は核の恐ろしさを最も知る国である。世論調査でも6、7割が核禁条約に参加すべきと答えている。私たちも国際世論を先導する役割を担いたい。

 政府には核禁条約をいずれは批准する意思を表明し、核保有国に軍縮履行を促してほしい。核保有国と非保有国の「橋渡し役」を掲げるのであれば、1年以内に開かれる条約の締約国会議にオブザーバーで参加すべきだ。核の廃棄や検証、核実験被害者支援などが議題になる。豊富な知見を有する日本に果たせる役割は少なくない。

 「想像してほしい。大事な人が灰になった姿を、原子野で絶望に暮れる自分の姿を。その光景を胸に刻み、行動に移してほしい」。長崎で被爆し、うつぶせで苦しむ「赤い背中」の写真を携えて核廃絶を訴え続けた故谷口稜曄(すみてる)さんの遺言である。

 こうした声を原点に生まれた条約の発効だ。核廃絶は理想だと諦めてはならない。政府も私たちも、できない理由を探すのではなく、できることを考え、踏み出す時である。

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