隣の国の文学だもの 岩田直仁

 難解さを競うような戦後の詩壇で、茨木のり子さん(2006年没)は素直な言葉で怒りや喜びを表現し、凛(りん)とした言葉で読者に生きる力を与えてくれた。「自分の感受性くらい」「倚(よ)りかからず」といった詩は世代を超え、今も広く親しまれている。

 一方で、韓国現代詩の紹介に尽力した業績を顧みる人はあまりいない。昨年末に出た金智英(キムジヨン)著「隣の国のことばですもの~茨木のり子と韓国」(筑摩書房)を読むまで、私もすっかり忘れていた。

 50歳になった1976年、彼女は突然、韓国語を学び始めた。90年には同時代の韓国詩を翻訳し、アンソロジーを出版するまで上達した。「韓流ブーム」の到来など夢想もできないほど日韓の距離が離れていた時代。韓国の「言葉の結晶」を日本に届けた画期的な試みだった。

 中年を過ぎて、なぜハングル? <地図の上朝鮮国にくろぐろと墨をぬりつつ秋風を聴く>という石川啄木の短歌を折り込んだ詩を書いた人なので、自責交じりの歴史認識があったことは想像に難くないが、それだけではない。関心がある方は、隣の国の金さんの本を開いてほしい。

 韓国文学の翻訳ラッシュが続いている。

 きっかけは2011年のハン・ガン著「菜食主義者」の翻訳だろうか。この作品が16年に英国の賞を受賞し、韓国文学の国際的評価が高まった。日本でも翻訳が増え、チョ・ナムジュ著「82年生まれ、キム・ジヨン」が大ヒットしたことは記憶に新しい。

 民主化闘争、フェミニズム、貧困、格差といったテーマは国境を超えた訴求力を持つ。重厚、ポップと作風は幅広い。韓国女性文学シリーズを出版する書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)(福岡市)によると「人気作家は翻訳権を取得するのが困難」なほどの盛況ぶりとか。

 韓国では膨大な日本文学が翻訳されてきたが、日本で読める韓国文学はごくわずか。映画やTVドラマ、音楽に続き、不均衡なつきあいが変わり始めたのかもしれない。

 モノローグ(独話)よりダイアローグ(対話)を-。茨木さんは第1詩集「対話」に込めた思いをこう説明している。韓国詩の翻訳まで、茨木文学を貫く、まっすぐ伸びた背骨だろう。

 国と国の間には寒風が吹くが、文学や音楽のコートをまとえば国境を超えてつながることは難しくはない。肩ひじ張らず、韓国文学を読んでほしい。「なぜ韓国語?」。茨木さんは自問自答の末、こう答えるようになったと書いている。「隣の国のことばですもの」 (論説委員)

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