工藤会壊滅へ―本部長が組員に語り掛けた「異例の言葉」秘話

福岡県警元本部長・樋口真人氏を訪ねて

 この人は何を話してるんだ…。ふいに胸を揺さぶられ、思わず発表ペーパーから目を上げた。

 2014年10月1日、午前10時。私は西日本新聞の福岡県警担当キャップとして、北九州市の小倉北署8階の大会議室にいた。当時の県警本部長、樋口真人氏(63)が、特定危険指定暴力団工藤会壊滅作戦の第2弾を発表する記者会見が始まっていた。看護師を刺傷した組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)容疑で、トップで総裁の野村悟容疑者、ナンバー2で会長の田上不美夫容疑者ら中枢幹部を逮捕したと報告した後、工藤会の構成員・準構成員に向けて、組織からの離脱を促すくだりに入った。樋口氏は、こう語り掛けた。当時の映像=テレビ西日本提供=をご覧いただきたい。

 「田中組を中心とする工藤会。このような組織にいつまでもすがり、一部の幹部に翻弄ほんろうされ、自分の人生、そして家族の人生を棒に振ることはありません。工藤会の構成員、準構成員も一人の人間として、今、大きな岐路に立っているはずです。雲間から一筋の光を見いだし、勇気を出して、広い社会へ踏み出す時です。今が生まれ変わり、人生をやり直すチャンスです。自分の将来を、そして家族を大切にして、更生の道を歩もうとする者は、県警察に、あるいは暴追センターに相談してほしいと思います。待っています」

 

工藤会トップらの逮捕を受け、会見する福岡県警の樋口真人本部長(当時)=2014年9月11日午前10時6分、北九州市小倉北区

 今も鮮明に思い出す。私は新聞記者生活23年目に入るが、公の場で官僚からこのように情緒的な、むき出しの言葉を聞いたことはない。県警本部長自ら、事件摘発を発表すること自体が珍しいが、加えて樋口氏はその会見や県議会答弁の原稿も事務方に任せず、自身ですいこうする異色のトップと耳にしていた。「雲間から一筋の光を見いだし-」に、組員の離脱とその支援に対するどのような思いを込めたのだろう。

 時は流れたが、どうしても確かめてみたい衝動に駆られた。樋口氏は現在、東京都内で弁護士事務所を営んでいるらしい。初めて訪ねてみることにした。

■役人の言葉では、駄目      

 樋口氏は、東京大在学中に司法試験に合格。警察庁では捜査部門を中心に要職を歴任し、福岡県警の次に大阪府警本部長を務めたのを最後に退職、16年に弁護士登録した。所属は第一東京弁護士会。コンプライアンス(法令順守)、リスク管理、不祥事対策を専門とし、企業などからの相談に応じるとともに、暴力団からの離脱支援に取り組む弁護士有志のプロジェクトチームメンバーとしても活動しているという。

 現役時代と変わらぬ、柔らかな物腰で迎えてくれた樋口氏。やはり、「文章の準備を、事務方に預けたことはありません。基本的に、自分一人で書いていました」と答えた。

東京都内で弁護士事務所を開いている元福岡県警本部長の樋口真人氏

 

 例えば、工藤会壊滅作戦に着手する以前、13年12月の県議会定例会の一般質問。暴力団対策について問われた樋口氏は、冒頭で「本音でという答弁を求めていただきましたので、私自身の思いと言葉で、できる限り丁寧にお答えさせていただきたい」と前置きし、12分間にわたり語った。「工藤会対策は、私は引き分けでは終われない。警察にとっても、社会にとっても正念場であると考えております」。数字などの確認作業を除き、自身で練り上げた血の通った文章。答弁の最終盤には、議員席から異例の拍手が起こった。

 「役人の言葉では、駄目なんですね。(05年に着任した)熊本県警本部長の時から、県議会の答弁だったら質問した議員だけでなく、議場の傍聴席に来ている議員の支持者にも分かる言葉で答えよう。事前に何の予備知識、判断材料もない人にも届くように伝えよう、と意識してきました」

 そして、工藤会壊滅作戦時の情報発信に関しても、同じだと振り返った。

 福岡県警が、壊滅作戦の第1弾摘発に乗り出したのは、14年9月11日。樋口氏は、記者会見を「本日、福岡県警察は全国で唯一、特定危険指定暴力団に指定されている5代目工藤会のトップを、殺人等の容疑で、通常逮捕いたしました」と切り出した。テレビで全国中継される可能性があると予測し、ニュース映像に使われる尺(時間)に収まるよう、最初の一文に入れる言葉を何度も取捨選択し、事件の全容と重大性を凝縮した。「『9・11』の時は、カメラの向こうにいる国民、県民に伝わるように訴えたのです」

 実はこの第1弾の時も、工藤会の構成員・準構成員に対し、離脱を呼び掛けていた。

 「…他方で、工藤会の諸君には、この機会に工藤会から速やかに離脱することを期待しています。工藤会の構成員等になってしまった経緯はいろいろあるでしょうが、自分の将来、家族のことを考えて、工藤会から離脱することを期待しています。今がチャンスです。県警察は、工藤会から離脱する者、立ち直り、更生の道を歩む者を、全面的にバックアップします。いつでも相談してほしい。待っています」

 場面を冒頭の第2弾発表前に戻す。樋口氏は、離脱のメッセージが第1弾と一緒だと、インパクトが足りないと悩み迷っていたのだという。そして、こう明かした。「あの『雲間から―』の下りは、妻のアイデアなのです」―。

 えっ…。

■余白に書いた言葉の中に

 元警視庁採用の警察官だった妻・のりさん(63)を、樋口氏は「同志」と呼ぶ。剣道と合気道は2段の腕前で、交通部門などで4年ほど勤務した。「本当は、警察官の仕事を継続したかったんですけど」と話す。夫をサポートするため退職。現在も、息子、娘と一緒に弁護士事務所の業務を下支えしている。

樋口氏が「同志」と呼ぶ元警察官の妻・紀子さん。実は、あの記者会見のメッセージの発案者だった

 

 その紀子さんが14年10月1日の第2弾発表の2、3日前、単身赴任中の夫を訪ねて福岡に来ていた。

 2人で歩いていた時に切り出したのか、朝食の食卓で口にしたのだったか。樋口氏は、妻に「第1弾の時も会見で話したんだけど、工藤会に同じように『辞めなさい』と言いたいんや。裏表なしに、本音の言葉で。知恵を貸してよ」と伝えた。紀子さんは、そばにあった新聞のチラシを広げ、その余白に5~10分かけて、10ほどの文章を書き出していった。その一つに、「雲間から一筋の光を見いだし、広い社会へ踏み出す時です」があった。樋口氏の心に刺さった。

 「彼らを何とか更生させたい、という夫の思いはよく理解していました」と紀子さん。大学時代には演劇部に在籍し、言葉と向き合ってきた経験が生きたのかもしれない。「『天使のはしご』という自然現象があるでしょう? 垂れ込めた雲の合間から、太陽の光が何本も地上に降り注いでいる。そんなイメージが頭に浮かんだんです」

 とはいえ、冗談半分だろう、まさか夫が自分の案を採用するとは思っていなかった。第2弾の翌日の新聞各紙朝刊を開いた時、「それが見出しや記事に引用されていたので、びっくりしたのを覚えています」。樋口氏は、本番では「勇気を出して」を間に付け加えた。「共同作品ですね。まあ、パクったとも言いますが」と話し、「同志」に改めて感謝した。

樋口本部長(当時)の記者会見を伝える西日本新聞社会面(2014年10月2日付朝刊)

 数々の凶悪事件を起こし、特定危険指定されている工藤会を辞めることは、当時の組員にとって「死の恐怖」と言えた。だからこそ、トップとナンバー2をはじめ中枢幹部を先に社会から隔離することで報復のリスクを減らし、捜査と両輪で戦略的に離脱支援のメッセージを送った。今が、辞められるチャンスなんだと。

 「本部長はあんなこと言ってるけど、本当なんか?」。記者会見で「雲間から―」と呼び掛けた後、組員からとみられる電話が数件、県警に寄せられたという。

 工藤会壊滅作戦の着手後、ある会合で樋口氏はこんな胸の内もさらしている。

 「暴力団を、勇気を出して本当に辞めたのであれば、その後はまっとうな道を歩ませてあげても良いのではというのが、私の本音であります。そうすれば、その子孫やその周辺の人間の人生も良い方向に変わるのではないかと考えます。『大人が変われば、子どもが変わる。子どもが変われば、未来が変わる』という言葉。前任の東京都の青少年・治安対策本部長在任中に聞いた素晴らしい言葉です。一人の暴力団が更生すれば、未来が変わるのです」

■現行制度に苦言も      

 果たして樋口氏のメッセージは組員たちに響いたのか。

 福岡県警が今年1月に発表した20年末の暴力団の情勢によると、県内の工藤会は構成員220人、準構成員210人の計430人で過去最少に。前年同期より80人減り、ピーク時の08年末の1210人から65%減った。県警は「14年の壊滅作戦を契機に、毎年40~50人の構成員の減少が続いている」としている。

 離脱後の組員の生活を支援する体制整備も進んだ。福岡県暴力団排除条例は、壊滅作戦後の16年に改正。「離脱を促進するための措置」が新設され、県は「離脱者を雇用する事業者および離脱希望者に対し、関係機関等と連携を図りながら、離脱に関しての必要な助言、雇用または就労の支援等を講ずる」とされた。16年度からは、元組員を雇い入れた企業に対し、1人当たり最大年間72万円を支給する制度がスタート。県外で就労する元組員をサポートするために締結した広域連携協定の輪は、今年1月現在で35都府県にまで広がった。警察による工藤会からの離脱支援は、13~20年の間に259人に上っている。

 樋口氏は退職後、所属する弁護士の「暴力団離脱支援プロジェクトチーム」の活動を通し、現行制度に率直な苦言も呈してきた。

 例えば、福岡県暴力団排除条例が、現役組員と、組員でなくなった日から5年を経過していない者を合わせて「暴力団員等」と定義し、事実上、離脱者についても5年間は暴力団関係者とみなす「元暴5年条項」。金融機関がこの条項を盾に、口座開設を断っている実態などが報道されており、樋口氏は「離脱を決意した人や迷っている人が、ためらって辞められないようになるデメリットが大きい。暴力団側も『おまえ、辞めたって5年間は生きていけんぞ』と脅しに使う。行き過ぎの副作用だ」と指摘する。

■飛び込んできた「サプライズ」      

 今回、樋口氏の事務所のドアをたたいたのは、たまたまだが、検察が市民襲撃4事件(※注)で、野村悟被告(74)に死刑、田上不美夫被告(64)に無期懲役などを求刑した公判の直後だった。野村、田上両被告は一貫して関与を全否定し、無罪を主張している。3月11日には弁護側が最終弁論して結審し、年内には事件着手から7年を経て判決が出る見通しとされている。

事務所で福岡時代を振り返る樋口夫妻。部屋には、福岡県警のマスコットキャラクターや、職員一同から贈られた感謝状が飾られている

 樋口氏は「公判が継続中なので」と、コメントを避けた。工藤会壊滅作戦の捜査の具体的過程に水を向けても、「皆がやってくれたことです」と話すのみであった。ただ、ある伝聞のエピソードを確認したいとお願いしたところ、事務所の奥から表彰状を入れるような筒型のケースを持ってきてくれた。中から大切そうに取り出して広げたのは、一片の横断幕だった。

 2015年1月下旬。壊滅作戦の指揮のバトンは、後任の吉田尚正本部長=後に警視総監=に託された。

 朝、福岡を後にし、次の任地の大阪に向かう新幹線のシートに、樋口氏は深く身をうずめた。JR博多駅にはたくさんの人たちが見送りに来てくれ、名残を惜しんだ。前夜も送別会を催してもらっていた。別れ、待ち受ける新たな重責。さまざまな感情が入り交じり、車内でお弁当の朝食を済ませて一眠りしようと思った。その時、随行者から告げられた。「寝ないでください。小倉駅(北九州市)に着いたらサプライズがあると思いますから」

 小倉駅のホームで目に飛び込んできたのは、高々と掲げられた横断幕だった。小倉北署、北九州地区暴力団犯罪捜査課をはじめ、幹部から若い捜査員までずらりと並んでいた。白地に、力強い墨字が躍った。

戦友 樋口殿

やる気 元気 勇気

を頂きありがとうございました

小倉駅ホームで、福岡県警職員たちが掲げて見せた横断幕。今も大切に保管している

 横断幕は後に、福岡県警に出向していた大阪府警の職員が、もらい受けてきてくれた。「『本部長』じゃなくて、『戦友』と書いてくれている。うれしくてですね」。新型コロナウイルス感染症対策のため、事務所のテーブルに設置された透明アクリル板の向こう側に、記者会見時には決して浮かべなかった笑みがあった。(小野浩志)

※注:元漁協組合長射殺(1998年)▷元福岡県警警部銃撃(2012年)▷看護師刺傷(13年)▷歯科医師刺傷(14年)―の4事件。

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