午後8時の"不公平な街" ワインバー店主のつぶやき

東京ウオッチ

 新型コロナウイルスの感染拡大を引き起こす「急所」と名指しされた会食、そして飲食店。11都府県はいまだ緊急事態宣言のさなかにあり、2月7日の期限の延長も取り沙汰されている。軽やかな語らいの場は、心地よいくつろぎの場は、今-。

東京都心の駅前通り。新型コロナウイルスによる休業を知らせる紙が張られていた(画像の一部を加工しています)

 1月下旬夕刻、乾いた晴れ。東京都心から少し離れた鉄道沿線、住宅街にたたずむ、とあるワインバーをノックした。40代半ばの店主が、から拭きしていたグラスから心持ち顔を上げて「いらっしゃいませ」。温和な笑みを浮かべる。音量をごく絞った旋律が流れる店内に、客は私一人。店主のつぶやきに、じっと耳を傾けてみる。お互い距離を取り、斜め向かいに座りながら。

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 《添加物を極力使わないこだわりの自然派ワインを出すバーだ。まずは「お任せ」の1杯目。スパークリングの白ワインがグラスに注がれた。細かい泡がはじけた。スッキリしてゴクゴク飲める。おっと、酔いが回る前に早めに「本題」へ行かないと。ところで、このところのお客さんの入りは?》

 平時と比べれば、何というか。コロナ禍前、週末にはカウンター9席が全部埋まることもありましたが。今年1月に入ってからは1日平均3、4人ほど。週1回はゼロの日もありますね。わずか3時間の営業じゃあね…。

 《平時は、午後6時から午前2時までの「深夜型」営業。奥深いワインの世界に魅せられた常連客で遅くまでにぎわっていた。“有事”と化した1月8日からは、都の営業時間短縮要請に従って午後8時で閉め、替わりに1時間開店を早めた。昨春の緊急事態宣言の際は完全休業。この1年、コロナに揺さぶられた》

 わが家は共働き夫婦でして。前の宣言のときは、子どもの小学校は休み。まさに主夫になりましたね。店はといえば、先行きも見えず不安でした。宣言解除後は解放感からか、すぐいつもの客足に戻った。悲観的になる必要はないかな、と思っていたら、昨年11月の「第3波」から再び自粛ムードですよ。平時の1日の売り上げは3万5000円ぐらい。去年の秋以降はその半分。1月は3分の1に届くかどうか。

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 《グラスが空いた。次も「お任せします」。白濁したワイン。ソムリエ歴が10年を超える店主のおすすめだ。ほのかにヨーグルトのような甘酸っぱさが口に広がる》

 乳酸ぽくてチーズに合うんですよ。小さいワイン工房は微生物が生きたままでボトリングすることを目指してて、酵母が生み出すうま味や菌をそのまま体に取り込める。酸化防止剤を使う大量生産のそれとは違う、生きたワイン。からだが喜ぶ……。

 《開店から1時間近く。2人目の客が現れる気配はない。経営、大丈夫なんですか?》

 うちの場合は、今は全く心配はない。つぶれるか、つぶれないかとかそんな状況じゃない。1日6万円。飲食店向けの協力金という十分すぎる”補償”がありますから。

 《約10年前。1人で気ままにやろうと開いた店。家賃は10万円弱。水光熱費や仕入れ代を含め、月の固定経費の支払いは30万~50万円ほど。一方、感染拡大を防ぐため、収入減に直結する時短要請に協力した飲食店を救う目的の協力金は、1カ月で180万円に上る》

 うちのような小さな店にとってはもらい過ぎ。都心を離れた住宅街立地で、従業員2、3人ぐらいまでの店なら同じ気持ちだと思いますよ。僕の飲食店仲間も悲愴ひそう感はない。協力金はまるで宝くじに当たったようなもの。これに慣れてしまうと、「宣言が出たままがいい」なんてなりかねないですけどね。

住宅街にあるワインバーの店主。取材に訪れた日のお客さんは、記者を含め2人だけだった

 《つまり、協力金は“出し過ぎ”ということ?》

 実は、店の規模によって全然受け取り方が違うんですよ。小さな店はウハウハでも、大きな店は真逆。都心の高い家賃、多くの従業員を抱える大規模店にとっては全く足りないでしょう。やっぱり、規模や売り上げに応じて段階的に給付すべきだ。一律はあまりに雑で、不公平感を生む。内情を知る他業種の人から皮肉交じりに言われました。「小さな店はねたまれるよ」って。

 《かつて、大手飲食チェーン店長も経験した店主。「不公平感」の話題には特に気持ちが入る。飲食チェーンの中には、深夜営業の続行を宣言するところも現れ始めた》

 そういう選択をさせてしまう制度自体がやはりおかしい。弱い者を救うことも大事。でも、しっかり稼いで多く税金を納める大手を守ることも政治の役目。さじ加減を間違えると、自分の首を絞める。

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 《席に着いて1時間半。やっと店の扉が開く。「1杯だけ」と常連の男性。店主とワイン談議に花を咲かせた。ワインは門外漢の私。アルコールを提供できなくなる午後7時を回る前にと、シメの3杯目を所望。赤ワインだ。「重厚な味ですね」。合っている自信はないが、思いつくまま口にしてみる。何だろう。じんわり、幸福感が満ちてくる》

 泡が出てるでしょ。これも酵母が生きてるから。厚みも渋みもある味だけど、泡のおかげですいすい飲める。これは空豆が合う。ワインがあれば、食事の楽しさは段違いで広がる。だから、ワインは面白い……。

 《「本題」へ戻ります。国会では、協力要請に応じない飲食店への罰則を適用する法改正の議論も進んでいますけど》

 罰則? 賛成です。強制力がないから開けてる店、閉めてる店がある。だから「あそこはやってるのに」、と要らない不公平感を生む。強制力がないから、ふわふわ、ゆるゆる。非日常感を強めないと、いつまでたっても状況は変わらない。うちの周りも夜な夜な、自転車で飲食店を見回る人がいる。まるで自粛警察。不公平感によるストレスがギスギスした社会を生んでしまう気がしますけどね。

 記者会見する東京都の小池百合子知事=1月8日午後、東京都庁

 《ああ、もうこんな時間か…。腕時計の針が閉店の午後8時に近づく。ふ~。政治に思うところ、なんかあります?》

 緊急事態宣言を出す時かな。政府と東京都の小池(百合子)知事と互いに責任を押し付け合ってるように見え、悲しかった。損得勘定や思惑、いやらしさばかり。人間味のある政治はできないものか、と。

 《コロナ収束はまだまだ見通せない。「この先」へ、不安は》

 今は宝くじに当たった直後のようなものですから。つかの間の喜びに浸っていたい。でも、やっぱり早くいつもの日常に戻ってほしい。それが一番ですね。

 《ごちそうさまでした。また顔出しますね-》

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 お勘定を済ませ、店を出る。住宅街は深い闇の底にあった。夜風が酔いをさっと奪っていく。

 最寄り駅まで歩き、電車に揺られ、新宿駅に着いた。ふと少し、街をながめてみようと思った。きらめくネオンの下、ほとんどの店はシャッターが下りていた。スーツ姿の若者2人組が「久しぶりに来たけど閉まってる」「ほんと、さびしいなぁ」と言い合っているのが聞こえてきた。

1月下旬の新宿・歌舞伎町は多くの店舗のシャッターが下り、人通りもまばらだった

 しばらく歩いた。午後10時を過ぎた。大きな海鮮居酒屋など数店舗が、堂々と営業を続けていた。暖かそうな窓の向こう側に、大勢の若者がジョッキ片手に笑い合う光景があった。店の入り口には「にぎやかし中」の看板。

 「不公平」-。ワインバーの店主の話を思い返し、複雑な気持ちが込み上げてきた。(一ノ宮史成)

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