怒りて言う刑罰は不要 前田隆夫

 「懲役」が法案から削除されたので一件落着、とは思わない。新型コロナウイルスの患者に刑事罰を科すべきでないのはなぜか。過去の感染症対策の過ち、医療現場の実情をよく理解しておかないと、この先も危うい。

 「感染者に懲役刑、これが医療の世界の話ですか。なんだこりゃと思いましたよ。ハンセン病の教訓を忘れたのかと言いたい」

 電話の声は怒りを帯びていた。鹿児島県鹿屋市で暮らす竪山勲さん(72)。ハンセン病違憲国賠訴訟全国原告団協議会の事務局長を務める。

 入院を拒否したコロナ患者への刑事罰を加える感染症法改正案に、らい予防法を重ねた。かつて、らいと呼ばれたハンセン病の患者を療養所に強制隔離した悪法。法律に基づく強い力で患者を「収容」する点は同じだ。竪山さん自身も、その被害者である。

 らい予防法は、戦前からの無らい県運動と相まって患者を社会から排除した。ハンセン病への過度な恐れを広げ、差別意識を増長させ、患者と家族を引き裂いた。竪山さんは親やきょうだいの臨終にさえ立ち会えなかった。

 「差別や偏見は人の命を奪うんです。療養所で何人命を絶ったか。らい予防法には医学の目も、人権の目もなかった。その轍(てつ)を二度と踏んではならないんです」

 現実にコロナ患者は差別や偏見に苦しんでいる。どこの誰かを探られ、陰口をたたかれる。家族が出社や登園を不当に拒否される。患者と日々接していることを家族に伝えていない医療従事者もいる。

 患者が刑事罰を受けたら、地域社会にどんな影響を与えるだろう。入院しない、できないのは育児や介護、さまざまな家庭事情もあるだろう。法案に関わった官僚や与党議員は想像できなかったのか。

 医療団体も改正案に異議を唱えた。日本医学会連合、日本公衆衛生看護学会、全国保健師教育機関協議会。罰則を伴う対策は感染症への恐怖や不安をあおり、公衆衛生策に不可欠な国民の協力を妨げる恐れがある-。医療現場を知る人たちは感染防止にならないと言っている。

 そもそも、感染症法はハンセン病などの歴史的教訓を土台に、らい予防法廃止から3年後の1999年に制定された。与野党がこうした過去と現状を共有し、刑事罰の削除に合意したならいい。でも、そうでないなら。

 「また同じ過ちを犯しますよ。人権を損なう法律は、あってはならんのです」。竪山さんは療養中に取材を受けてくれた。命を懸けて警鐘を鳴らす。

 (佐世保支局長)

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