次々と飛び出す驚天のアイデア 〝光頭無毛文化財〟企画の鉄人・田中諭吉

 梅香る中、みやびな平安の世界が繰り広げられる太宰府天満宮(福岡県太宰府市)の「曲水の宴」。王朝絵巻さながらのこの行事の陰にはある男のひらめきがあった。博多祇園山笠の集団山見せや?田神社の常設の飾り山笠、同神社の節分の大おたふく面を提案したのも同じ男・田中諭吉である。卓越した発想力と行動力で多種多様な企画を実現。その多くは福博の街の文化的財産として受け継がれている。戦後から高度成長期にかけ、街に元気を吹き込んだ希代のアイデアマン、田中諭吉とは。

☞新天町商店街誕生の功労者

 田中諭吉は1901(明治34)年、博多・川端の焼き物店の長男として誕生。16歳のとき、父親が他界したため生計が苦しく、満足に学校に通えなかった。学業を諦め、もともと絵を描くのが好きだったので家業を画廊に変え、...

残り 2343文字

この記事は有料会員限定です。会員登録すると続きをお読みいただけます。

関連記事

PR

文化 アクセスランキング

PR