コロナ禍の時代を「貫く棒」

 「去年今年(こぞことし)貫く棒の如(ごと)きもの」。明治-昭和期の俳人、高浜虚子の句である。この作品に出合ったとき、思わず身震いがした。人は「去年今年」と、区切りをつけながら生活するが、時は1本の「棒」のように連綿と続く。

 知人に誘われ、先月、初めて句会に参加した。そのときの兼題が「去年今年」。新型コロナ禍の続く日々を拙い作品にして投稿した。後日、この新年の季語を解説した会報が届き、そこに虚子の句が紹介されていた。

 あらがいようのない時の流れの中で、人は生きている。「貫く棒」とは、時間の本質を見抜き、確固とした信念を持って日々の暮らしを送るという自負心をも感じさせる。

 思いを膨らませると、揺るがずに時代を貫く芯がある。寄り添いながら苦難に立ち向かう人々のたくましさ。芯はこれだけではないだろうが、支え合って生きる日々の営みがコロナ禍の出口へ向かう力だと信じる。 (下村佳史)

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