伊藤博文の書が窮地 行橋の旧家 当主急逝で

 幕末から昭和中期まで行橋市沓尾(くつお)で酒造業を営んだ千田(ちだ)家の旧家屋や、初代首相伊藤博文の書とされる扁額(へんがく)などの所蔵品が窮地に陥っている。明治初期に建てられた家屋は空き家となって老朽化が進み、雨漏りで汚れた所蔵品もある。遺族らは建物の公的な保存を望んでいるが、保存修復には多額の費用がかかるため市は慎重姿勢で、歴史的遺産の行方は不透明だ。

 千田家は1856年から1969年まで代々、酒造業を営んだ。行橋出身の政治家で伊藤の娘婿、末松謙澄(けんちょう)(1855~1920)の妹を嫁に迎えるなど隆盛を誇った。幅広い縁戚関係を通じて交流があった幕末・明治の偉人たちの書画を多数所有していた。

 昨年6月に79歳で死去した当主の千田宏さんは後継者に恵まれず、2010年から3回にわたって書画や写真など約700点を市に寄贈。木戸孝允(桂小五郎)、井上馨、桂太郎の書などがあり、市は10年と17年に千田家所蔵品の展覧会を開いている。

 家屋は明治期から昭和初期にかけて増築された木造一部2階建て。酒造所や蔵は既にないが、座敷や仏間、土間などが残っている。約25年前から住人不在となったが、宏さんが仕事を退職して関西から行橋に戻った約10年前からは、毎日のように来て管理していたという。

 地区に公民館がないため、宏さんは6年ほど前、広間を集会所として開放。住人らは区や消防団、老人会の会合、高齢者サークル「いきいきサロン」の会場に活用し、代わりに庭園の管理などを担ってきた。

 宏さんの急逝で家屋の管理が難しくなり、数カ所で雨漏りが見つかった。屋根にシートをかぶせて応急処置をしているが、台風などの被害が懸念される状態だ。屋内には今も、宏さんが寄贈を見送った伊藤や山県有朋の書とされる扁額や掛け軸など10点ほどが残っており、雨が染みこんで別部屋に避難させたものもある。

 遺族らによると、宏さんは家屋を公的に保存して地域に役立てたいと考えていたといい、市内に住む妻(79)も同じ意向という。ただ文化財としての保護に向けた行政側の動きは今のところ見られない。地元では「歴史的価値に加え、地域の大切な寄り合いの場でもある。このままでは存続が危ぶまれる」と、心配する声が広がっている。 (石黒雅史)

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