"福岡の空気"を注入「すばらしき世界」 映画監督の西川美和さん

 元受刑者の社会復帰を描いた映画「すばらしき世界」が全国公開中です。監督は西川美和さん。原作は、故佐木隆三さんが1990年に実話を基に発表した小説「身分帳」(講談社文庫)です。西川さんに、原作の魅力や、映画化に当たっての思いなどを、リモートで尋ねました。

 -映画化のきっかけは?

 ★西川 もともと佐木隆三さんのファンだったんですが、2015年に佐木さんが亡くなったとき、追悼記事でこの作品を知りました。他の「佐木文学」と違って、刑務所を出た元受刑者が主人公で、暮らしのやり直しに焦点を当てた珍しい作品。非常に新鮮でした。主人公がぶつかる問題が、全ての人に当てはまる葛藤や喜びだと感じたので、映画化でこの傑作を紹介できたらいいな、と。

 -実在した主人公は福岡出身。映画化を決める前に福岡で取材したそうですね。

 ★西川 取るものも取りあえず、福岡と北海道・旭川刑務所に行きました。福岡では、主人公の母が芸者だったということで、博多券番で話を聞き、主人公が育ったであろう児童養護施設におうかがいしました。土地の空気を吸いに、何度もおじゃましました。

 -映画では時代設定を現代に変えています。

 ★西川 原作の面白さは時代性があってのことなので、そのまま描いた方がいいか、今の時代に置き換えても通用するのか、長い時間をかけていろんな人を取材しました。社会復帰の話は今も通用するんだな、と考えました。

 -福祉事務所の職員やスーパーの店長など、周囲が親切ですね。

 ★西川 原作も当時「周りが優しすぎる」という批評があったんですけど、冷たいばかりが人間じゃない。人間の持つ良心のリアリティー。困っている人を助けよう、少しでも支えになろうという人は時代を超えて存在し続けます。なので映画も、世の中の厳しい面も映しつつ、人間の温かさを同じ分量だけ描きました。

 -ちょっと親切な人が3人いると、大きな支援になっています。

 ★西川 社会復帰をサポートしている方々が取材でおっしゃったのは「支える人は一人じゃだめ。複数の頼れるところが必要」と。一人が倒れてゼロになると社会復帰は難しいので。

 -主人公を演じた役所広司さんについては。

 ★西川 複雑なパーソナリティーの役で、すごく魅力的な人に演じてもらわないと難しい。映画をつくる過程で、役所さんに頼むべきだと思い切ってオファーしました。シナリオを渡したら、理解が深い方なので、すぐにその辺を把握なさったと思います。

 -主人公を取材する青年を仲野太賀さんが演じています。

 ★西川 共感するのが難しい主人公で、普通の感覚だと関わりたくない。主人公をじっくり見つめ、社会復帰に手を貸す気持ちになってもらうため、語り部が必要だと考えました。佐木さんも原作の主人公に4年間付き合い、後見人のような温かさで接したので、佐木さんの寄り添い方を太賀君に託したつもりです。太賀君も知的で、どんな立ち位置をすればいいか、客観的に考えられる人。彼の人間性の良さが出て、観客は同じ気持ちで主人公を応援する映画になったかなと思います。

 -福岡のロケはどうでしたか。

 ★西川 短い時間で、福岡でしか撮れないものを撮ったのですが、東京にはないロケのやりやすさがありました。地元の方々に協力していただき、本当にお世話になりました。

 -原作では引き揚げ、米軍キャンプ、芸者など福岡が戦後史の象徴として描かれていますが…。

 ★西川 そこは全然描けなかったです。原作はいわゆる裏戦後史の作品で、今は反社と言われるヤクザの世界にどんな人が入っていったか、細かく描かれていますが、2時間の映画には盛り込めなかった。ただ、新しい読者が「身分帳」を手にして、感じてもらいたいと思っています。

 -コロナ禍で映画界も大変ですが。

 ★西川 谷底に近い状況です。ただ、映画や文学などのカルチャーが暗い時代を生き抜く心の支えになっているのは、この1年、皆さんも実感されたと思うんです。映画の灯を消さないためにも、映画館に来ていただければ、と願っています。

 -次回作の構想は。

 ★西川 目いっぱい自由に映画をつくるのも難しい状況ですが、私も4年に1回なので、じっくり今後のテーマを考えたい。現代と違う時代を撮って、時代をさかのぼったら何が見えてくるか、チャレンジするかもしれません。

 (文・根井輝雄)

 ▼にしかわ・みわ 1974年生まれ、広島市出身。脚本・監督デビュー作「蛇イチゴ」(2002年)で毎日映画コンクール脚本賞受賞。主な監督作品に「ゆれる」(06年)「ディア・ドクター」(09年)「永い言い訳」(16年)など。また映画と同名小説「永い言い訳」などで直木賞候補。

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