痛みも悲しみも抱いて口ずさむ 笑っちゃおう

釜石市の館おかみ岩崎昭子さん――

 東日本大震災による災禍をくぐり抜け、岩手県釜石市で旅館「宝来館」を切り盛りするおかみの岩崎昭子さん(64)を訪ねた。震災5年後の2016年以来の再会だが、変わらぬ笑顔で迎えてくれた。旅館のある同市鵜住居うのすまい町も、津波にのみ込まれ多くの人が亡くなった被災地だが、この10年の間に、新たに土地の造成が進むなど幾分の変化が見て取れた。

一瞬で命が奪われた。忘れることはない

 「エクちゃん、(会いに)来たよ!」

 鵜住居川のほとりで、岩崎さんがふと誰かに呼び掛けるように声を上げた。エクちゃんとは、津波が襲う「あの日」まで、旅館で共に働いてきた本内沢江久子ほんないざわえくこさんだ。享年53。この川の近くに暮らし、よくお手玉で遊んだ幼なじみだった。

 「笑顔の絶えない優しい人でねえ。一瞬で命が奪われた。今でも胸をえぐられるつらい思い出だけど、忘れることはない。労苦を共に、一緒に生きてた人だからねえ」。そう振り返る岩崎さんに悲しみの表情は感じられず、むしろ屈託のない、温厚で柔和なほほ笑みのように映った。

震災発生翌日に撮影された宝来館。2階部分まで津波が押し寄せた(岩崎さん提供)

毎日が「3.11」のようなつらい日々もあった

 昔、そんな友人らとよく訪れたのが、大槌湾に浮かぶ無人島・蓬〓(〓は「草かんむり」に「來」)(ほうらい)島だ。1960年代に人気を博した故井上ひさしさんの人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルとして知られ、懐かしむ人もいるだろう。屋号の「宝来」も両親がこの島にあやかった。島を望む歌碑にかの一節が記されている。

 

  苦しいこともあるだろさ

  悲しいこともあるだろさ

  だけどぼくらはくじけない

  泣くのはいやだ 笑っちゃおう

  進め!

 

 「友だちといろんな話をしても、いつの間にか震災の話題に結びつき、あの恐ろしい光景を思い出す。毎日が『3・11』のようなつらい日々もあった」

 多くの友人知人を失った悲しみと向き合いながら、無我夢中で生きてきた。ふと疲れると、足を運んで島を眺め、この歌を口ずさむことがある。

大槌湾に浮かぶ蓬萊島を眺める岩崎さん。震災後に再建された灯台は、鎮魂の思いを込めたろうそくの形に

コロナ下こそ「新しい夢をみんなで」

 50年以上続く旅館の一角に、ボランティアたちが、復興への思いを書いた貝殻が埋められた壁がある。この壁を見つめていると、いろんな人たちの温かいまなざしを感じ、勇気づけられることもあるという。

 震災前ほどではないにしろ、戻りつつあった客足はこのコロナ禍によって再び遠のいた。それでも、いや、だからこそ、か―。「つらいのは私だけじゃないしねえ。今こそ痛みや悲しみをみんなで感じてね、新しい夢を一緒に抱きたいねえ」とほほ笑んだ。泣くのはいやだ、笑っちゃおう。そんなフレーズが思い出された。

(帖地洸平)

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