災害の記憶、風化食い止めたい

 硬い金属がこれほど早く風化するのかと驚いた。1991年6月3日に起きた長崎県の雲仙・普賢岳の「6・3大火砕流」から今年で30年。43人の犠牲者とともに火砕流に巻き込まれた車は、赤さびた鉄塊となったエンジンとねじ曲がったホイールを除き原形をとどめていなかった。

 当時、報道陣が取材拠点とし多くの命が失われた「定点」(同県島原市)近くで火山灰に埋もれていた毎日新聞社の車である。地元自治会が30年の節目に噴火災害を伝える被災遺構として一帯を整備する中、先日掘り起こされた。

 悲惨な教訓から、火砕流や土石流が心配されるときは車を海に向け、エンジンをかけたまま駐車する約束が島原にできた。一秒でも早く逃げるためだ。普賢岳は溶岩ドーム崩落の恐れが今なお残る。しかし麓の定点でさえ駐車の向きはほぼ忘れられている。万物を土に返す風化は自然の摂理だが、災害の記憶の風化は食い止めたい。 (真弓一夫)

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