「子どもがいたら…」今も感じる後ろめたさ

復刻連載・産まない?産めない?私の事情<8>

《呪縛その1=家族を養うのがオトコの役割》

 結婚22年目。福岡県内の会社で働く亮さん(47)と四つ下の妻との間に、子どもはいない。

 故郷の福岡を離れて東京のコンサルタント会社に就職し、入社3年目で結婚した。バブル絶頂期で、情報会社に勤める妻ともども、帰宅は毎日深夜に及んだ。「生活に精いっぱいだから」と「まだ若いから」との理由で、あえて避妊した。

 結婚9年目。34歳で福岡に戻って転職したが、2年間は東京への単身赴任が続いた。慣れない仕事の重圧から胃にポリープができたりもした。「疲れているから」という理由で、月2回ほど妻と会う日の夜も、ただただ眠るだけだった。

 結婚16年目。仕事が落ち着いてきたころ、妻が子宮筋腫になった。「妊娠しにくいが、できないことはない」との診断だったが、結局、授からなかった。

 今振り返ると、子どもをつくらなかった理由は全て言い訳だったのかもしれない。若くても、疲れていても、助け合って産み育てる夫婦はいくらでもいる。男としての自信がなかったから-これに尽きると思う。

 たまに妻が「子どもがいたら良かったね」とつぶやく。後ろめたさを隠し「そうだね」と返す。いまだによろいを脱ぎきれないでいる。

   ×   ×

 《呪縛その2=育児をするのはオンナの役割》

 福岡市にある大手企業で営業をしている剛さん(50)には、12歳になる一人娘がいる。だが、めったに顔を合わせない。

 毎日午前7時前には出勤し、帰宅は深夜0時過ぎ。これでも休日出勤が減った分、最近は随分ましになった。生まれたころは土日もほとんど家にいなかった。

 仕事第一で、家のことは専業主婦の妻に任せきり。それが当たり前だと思ってきた。“孤育て”に行き詰まり「今日も誰とも口をきいていない」といらだつ妻の話に耳を傾けるくらいしかしてこなかった。

 妻はその後、脳腫瘍が見つかって入院した。それが原因でホルモンバランスが乱れ、妊娠しにくいことも分かった。治療をすれば2人目を望めないわけではない。息子も欲しかった。でも、治療を受けるのも、産むのも、そして育てるのも妻の役目。これ以上の負担はかけられない。

 最近は買い出しに付き合い、地域の行事にも顔を出すようになった。親子3人が料理を1品ずつ分担して作るのが、わが家のブームになっている。といっても休日だけの話だが…。

 最近、ふと思う。「俺が“イクメン”だったら、家族が増えていたかもしれない」と。まとってきたよろいが重くなってきた。

   ×   ×

 《呪縛その3=オトコは職場を休みづらい》

 「キャリアのことを考えているのか」。大手企業に勤める真さん(33)は3年前、1年間の育児休業の取得を申請した時、直属の上司にこう言われた。

 従業員約1万人の中で長期の育休を取る男性社員はほとんどいない。だからこそ上司は心配してくれたのだろう。だが、その言葉の意味が分かったのは、後になってのことだった。

 復職して半年後のこと。「休んでいたから評価は付かない」との理由で、昇進審査の対象から外された。休んだ分を取り戻そうと必死に働いたのに…。

 今の部署はとにかく忙しい。1歳の長男が熱を出しても、休みを言い出しにくい。近くに両親はおらず、頼る人がいないので、公務員の妻(39)に休んでもらうしかない。

 子どもが大好きで2人目が欲しい。次は女の子がいいなと考えたりもする。妻の年齢を考えると、のんびりはしていられない。

 しかし職場は「2回目の育休」を許す雰囲気ではない。口にはしないが「子どもは妻に任せればいい」と思っている同僚もいる。言い出しづらさを感じる自分もまた、よろいをまとっているということなのだろうか。 (文中仮名)

   ◇   ◇

 ◆2013年1月掲載。文中の年齢、肩書、名称などの情報は全て当時のものです。少子化が止まりません。子どもを望む人が産みやすい社会、産んでよかったと思える社会にするには…。当時の連載を読み返し、考えるヒントにしてみませんか。

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